27 友達になってくれたりしませんか!?
「どうですか姉様!美しい制服アレンジでしょう!褒めてくださってもよろしいですわよ!」
ベラは得意げにそう話しながら、自分の制服を見せつけるようにくるりと回る。
あちらこちらにこれでもかとつけた大小様々なリボンが、彼女が動くのに合わせてなびいていた。
……勝手に制服をアレンジしても良いのだったっけ。
ベラは先生に叱られても気にも留めないのだろうが、憂慮もせずに自分のしたいように思い切ってしまう彼女に感心しながら、私は「可愛いと思うよ」と答えて、スープを口に運んだ。
事実、ベラはとんでもなく勇ましく刺々しい性格をしている割には小柄な体型で、更にリボンを制服にたくさん付けて誇らしそうにしているとなると、可愛らしいという以外に感想がなかった。
ところが、褒められたベラは嬉しがるどころかムスッとした様子で「ふん、可愛いとはなんですか!まるで子供のような言い方だわ!私は美しいのです!」と喚いた。
大勢の生徒のいる食堂で構わずに叫ぶ見慣れた彼女の姿には、もはや安心感を覚えさせられるほどで。
そのぶんだけ、あの出来事との感情との乖離が際立った。
――あれから、ちょうど1ヶ月が経過していた。
感情の整理ができたか、と言われると怪しい。
あれ以降、私はエルのことをどう思えばいいのか、ずっと悩み続けている。
彼のことはもちろん好きだ。
……好きだから、問題なのだ。
この気持ちが、本物なのか、偽物なのか、私にはもうわからない。
彼を追い続けるべきなのか、諦めるべきなのかも……わからない。
好きなのに、好きじゃないのかもしれない。
彼の煌めくような金髪も、すらりと伸びる体躯も、宝石のような深く輝く青い瞳も、親切で臆病なところも、それでも頑張ろうと努力する姿も。
全部加護によって見せられている幻覚でさえあるのかもしれない。
そう思うと、胸に濁った気持ちが溜まってしまう。
彼が青いバラを咲かせてくれたあの日。
世界が急速に色づいて見えた。
けれど、あの瞬間が。
ただ、加護の効果が発動した瞬間だったというだけなら。
……考えたくもない。
大切な思い出を、全部色褪せさせる勇気は私にはなかった。
気分転換をしようとスープをすくおうとして、スプーンをお椀の中でぐるぐる回しながらため息を吐く。
そんな時、不意にベラが尋ねてきて私は顔を上げた。
「姉様、今日も放課後にエルフィン様との魔術訓練なのかしら?」
ベラはどこか興味ありげに、それでいて不満そうに尋ねてくる。
「うん」
私は一言それだけ言うと、ようやっとスプーンを持ち上げてスープを一口飲み込んだ。
ベラは頬を膨らませて、鼻息をふんすと吹いた。
「最近はほとんど毎日じゃないですか!全く、姉様の自由時間のことも考えてほしいですわよね!まあ、姉様のほうはエルフィン様と会えて嬉しいのかもしれませんけれど!」
不機嫌そうに顔を揺らすたび、髪飾りとしてつけているリボンがふりふり揺れる。
金髪の縦ロールに更にリボンとなると、かなり目立っているが、悪い意味でなくかわいい。
彼女の荒ぶる姿を見ていると少しだけ濁った気持ちが綺麗になっていって。
「ベラはいつも私の心配をしてくれるよね」
純粋な気持ちから、そう言葉にした。
彼女と一緒にいると、とんでもなく落ち込んでいる時でも少しだけ元気をもらえる。
しかし、やっぱりこの従妹は素直ではないもので「べっ!別にっ!し、心配というか、あれですわ!姉様の自由な時間が多い方が、そのぶん罵倒できる時間が増えますもの!それだけですわ!」などと言う。
つまり、私とできるだけ長く居たいということだろうか。
なんて思ったけれども、口に出すと扇子を取り出してきてぺちぺち叩かれそうなので心の中で留めておいた。
一瞬は明るい気持ちになったけれども、やっぱり会話をやめると暗い気持ちに逆戻りしてしまう。
……放課後に、魔術訓練。
ベラに言われて思わず浮かべてしまったが、暗い気持ちになるのであまり考えたくはなかった。
ベラにだって、本当はそのことを話してほしくはなくて……けれども、彼女にそんなことを伝えれば怪しまれるに決まっている。
だから、後ろめたい気持ちはありながらも今のままにしておくしかなかった。
――私は彼女に対して、一か月前の魔術検査の時の出来事を一切話していない。
話せば、きっと彼女は怒り狂うだろうし、エルやフライスに対して何かしでかすだろう。
きっと、はたから見れば一時的にはすっきりするような仕返しをしてくれるのだろう。
けれど、それではなんの解決にもならないのだ。
……あれから、父様や先生の意向もあって、私は魔術訓練を定期的に受けることになった。
皮肉なことに、私の魔力の扱いは日に日に上手くなっていく。
だから放課後や週末になると、またあの闘技場に行って……それからエルも来て、魔術の使い方を教えてもらうのだ。
幸い、一か月前のあの日以降はいつも父様がいるので、気まずさは薄れている。
とはいえ、エルと事務的な会話以外に一言だって交わしたことはなくて。
それを私がベラに言ったことは、一切なかった。
ベラは、私がほとんど毎日放課後にエルと二人きりになっていると思っていて、そのことに不満を抱きつつも深く追及してこない。
たまに、詳しく尋ねられても、はぐらかし続けていた。
だからたぶん、私とエルが少しずつヨリを戻しているつもりでいるのだろう。
そのことを考えると、まるで騙し続けているみたいで、とても後ろめたい気持ちになるけれども。
それでも今の私にはベラに助けを求めるのが正しい判断かもわからず、黙っているしかなくて。
気がつけば一か月が経過してしまっていた。
しばらくして、昼食も食べ終えた頃。
私とベラは食堂を出ると、真っ先に寮のほうへ歩いていった。
最近は、人の集まるロビーや中庭のほうへ行くことも随分減っている。
何故かと言えば、このごろになると、私が魔術訓練をしているという噂が学園中に広まりつつあって、周囲の目線がさらに気になってしまうようになったからだ。
近頃は、一つの街を吹き飛ばせるほどの魔力を身に着けているなどと言われていたり、闘技場では魔術訓練と称して実は禁忌の魔術の研究をしていて、覗きに行ったときに目が合うとその瞬間に死ぬらしいとか言われている。
そんなわけあるか。
今の私の練度じゃあ、せいぜい人一人を黒焦げにできるかどうかというくらいである。
いや……それもしないけど。
とにかく、人が多い場所に行けばうざったいほどそんな噂が繰り広げられるし、相変わらず関わったこともないような令息からの無礼な求婚も多い。
ベラと一緒にいれば追い払ってくれて安心だし、食堂くらいは昼食を食べるために行く。
けれどそれ以外の休み時間は寮へ行って、自分かベラの部屋のほうで時間を過ごすのが当たり前となっていた。
だから、二人で並んで歩きながらたまに「最近また新しい効能を発見したのですわ!全く、才能があまりにあるものだから困ってしまいますわよね!」なんてベラの薬学の自慢を聞き流しつつ、寮に続く長い廊下を進んでいて。
――そんな時だった。
背後から突然、声をかけられたのは。
「あのっ!す、すみませんっ!そこの!えとっ、マーシィ様!助けてくれませんかっ!」
そう呼びかけてきた女性の声はかなり必死そうで、ここまで全力疾走でもしてきたのかというくらいに息切れしている。
おかしな令息の呼びかけならば、無視をするのが最近は当然となっていた。
けれど女性に名前を呼ばれて、しかもそれが緊急性の高そうなものだったから、私は咄嗟に振り返ってしまった。
振り返って、驚いた。
背が高く、肉付きが豊かで、いかにも健康的な身体つきの水色髪の彼女が、助けを求めてくるなどとは微塵も思わなかったからである。
いや、外見もそうだが、それ以上に――この子……どこかで見覚えが。
思い出せそうで思い出せずに居ると、ややあってベラも振り向き。
彼女のことを見て、第一声からたっぷりに意地悪な声で言った。
「あら、貴女、あのシャルロッテとかいう令嬢の従者さんじゃない!」
ベラは、どこか馬鹿にするような、面白そうな口調でそう言っていて。
それで、私も少しずつ思い出す。
……ああ、あの時ベラと言い争って丁寧にボロを出し続けていた……。
しかし、誰なのかと思い出したところで、更に警戒心は強まった。
当然だ。
彼女はあの日、私を貶めようとしたシャルロッテの仲間なのだから。
私は一瞬無視してしまおうかと考えながらも、目が合ってしまっているので十分に警戒しながら「何か私に御用ですか」と尋ねた。
すると彼女は、明るい声で急にとんでもないことを言い出した。
「はい!私、リズメル・クロックワーツと申します!それで、突然で申し訳ないんですけど!マーシィ様、私と友達になってくれたりしませんか!?」




