3 ベラトリーナ・ミリエール参上!
メルクロン領は、先進的な魔術の研究が行われてきた場所であり、学問を学ぶ場として代々隆盛を誇ってきた。
故に、名門と呼ばれる学園が集中して存在し。
その中でも特に多くの貴族の令息や令嬢が集まるのが、私も在籍するこの学園なのである。
私の従妹にあたる、ミリエール伯爵家のご令嬢。
ベラトリーナ・ミリエールもまた、例外ではない。
「姉様、今日はどこへ魂を置き去りにしてきたのかしら?うふっ、素人に作らせた彫刻像のほうがまだいくらか感情が豊かだと思いますわよ?」
昼食を食べ終わったあと、余った昼休みの時間ばかりは婚約解消を撤回させるための考え事に費やそうとして、食堂を早々と抜け出した。
それもこれも、食事中散々だる絡みしてきた彼女から逃げるためである。
そうして、学園の裏庭の静かなベンチに隠れるようにこっそり腰掛けたというのに。
気がつけば彼女は私の隣に座っていて、散々な罵倒を繰り出してきているではないか。
「それとも、姉様は常日頃から彫刻像の真似をしていらっしゃるのかしら?だとしたらまだまだ上達が必要ですわね。今のままじゃあ、彫刻像どころか、のっぺらぼうの物真似だと言われた方がまだ納得できるもの!」
彼女は笑いながら悪意たっぷりにそう吐き捨ててくる。
今の悪口にはかなり自信があったようで、見れば彼女のただでさえウザったらしい笑みは、によによと口角を上げることで更に憎たらしさが増していた。
しかし、私にはさしてダメージがあるわけでもない。
だって、のっぺらぼうは口を蛇のように曲げることはできないだろう。
私はできる。
まずは一勝といったところか。
「ベラ、今日は一人にさせて。少し考え事をしているの」
いや、とにかく、今は勝敗などどうでもいいのだ。
こう近くでペラペラと嫌味事を言われては集中できたものではない。
鬱陶しく思いながら私はそう言ってみるが、彼女は全く引いてくれなかった。
むしろ相手が嫌がると、少し楽しそうになってギアが上がるのが彼女の悪いところなのだ。
「嫌よ。姉様を嘲るために来たんですもの!全力でお邪魔させていただくわ!」
ベラは悪気たっぷりの笑みを浮かべてそう言うと、また意気揚々と毒舌を展開してくる。
なんて面倒くさい。
これではまともに考え事もできないではないか。
私は呆れて、大きなため息を吐くのだった。
さっきからつらつらと悪口を吐いてくる様子からもわかる通り。
私の従妹、ベラトリーナ・ミリエールはかなり性格が悪い。
相手が嫌がる姿を見て楽しむその様は、悪女も悪女。
パッと見ただけでは、伸びやかで輝くような金髪の縦ロールに、燃えるように美しい赤い瞳を持った小柄で華奢なご令嬢なのに。
頬を釣り上げた高笑いに、扇子をぱたぱたと動かす所作が、あまりにも悪女のソレである。
その上、しつこくて見境がない。
罵倒するのは私相手だけでないのだ。
例えば、食堂からここに来るまでの道でも、よそ見しながら歩いていた他のご令嬢にぶつかられそうになって「あら、目が後ろ向きについているのかしら!手術できるお医者様が居なくて可哀想ですわね!」と言って笑っていた。
ちょいとよそ見していただけだろうにとんでもない罵倒である。
彼女の悪女っぷりは凄まじい。
普通ならばきっと、彼女に粘着して罵倒され続けられれば、1週間も経たないうちにノイローゼになるだろう。
しかし、それならば何故私は平気でいるのかと言えば。
……それは曲がりなりにも私が彼女と幼馴染のような間柄だからであろう。
昔からなんとなく付き合いがあって、根っこからこういう子だとわかっているから、悪口を言われるのはもう慣れっ子だった。
今更「素人が作った粘土細工のほうがまだ感情がこもっていますわね!」と言われたところで、毛ほども傷つかないのである。
それに――
直接悪口を言われることが少ないだけで、私は彼女以外の人にも散々と陰口を言われてきているから。
沢山の人に疎まれ、嫌われているから。
だから……今更これくらいどうということはなかった。
――ちなみに。
彼女の、厄介なところは悪口を言ってくるところだけではない。
考えようによっては、実はもう一方の側面のほうが私にとってはさらに厄介で。
その側面というのは――
「姉様は幸運ですわ!私が居なければいつだって一人ぼっちですものね?この私が気にかけてくれていることを感謝してくださるかしら!」
言いながら、彼女はニコニコ楽しそうに笑って。
嘲るようにしながら、同時に私を嫌うでもなく近づいてくる。
……多分、彼女はこの態度でありながら、かなり私のことが好きなのだ。
信じられないかもしれないが、本当である。
いつも悪口を言ってくる割には、かなりわかりやすいのだ。
例えば、こんなふうに。
「うん、いつもありがとう。一緒にいてくれて助かってる」
私はあえて彼女に求められた通りに、素直に感謝の言葉を伝えた。
それから、ベラの目をじいっと見つめてやる。
見つめてやりながら、彼女の手をぎゅうっと握ってやる。
そうすると、なんともおかしなことに、先程まで偉そうにケタケタ笑っていた彼女は、まるでお手本みたいに途端に顔を赤く染めて目を逸らした。
それから、急にガタッと勢いよくベンチから立ち上がって顔を背けたかと思えば「お、おほほほ!感謝の気持ちがちゃんとあるなら、こ、これからも付き合ってあげても、いいですけれど……?」とか、嬉しい感情見え見えの口調で言う。
言いながら、扇子で顔を隠して、けれどちらちらと少し目を出してこちらを見ているのも、私から見てバレバレである。
……彼女は、もう昔からずっとこんな調子で。
だからこそ、憎もうとしてもどうにも憎めない子なのだ。
――どっちみち、彼女が居なければ私は本当の意味でぼっちになってしまうし。
エルを除けば次に親しいと言えるのが彼女なのは確かで。
鬱陶しくはありつつも、内心いつも傍に居てくれることに安心感はあるのだった。
しかしまあ、次の授業の教室に移動しようと廊下を歩いている時でさえ、ベラは容赦なく私にくっついて意気揚々と毒舌を吐いてくる。
全然、困っていることには変わりない。
私が「ねえ、ベラ。今日は本当に考え事をしなくてはならないの。頼むから黙って」とお願いしても特に止まる気配はないので、本当にしょうがない子だなあと呆れてしまって。
ため息を吐きながら、廊下の突き当たりまで歩いてきた――その時だった。
「同感です!マーシィ様って、ほんっとに惨めな人ですよね!」
どこから近づいてきたのだろうか、見知らぬご令嬢2人組は、いきなり現れると、唐突にベラの肩を持つように私に罵倒を吐いてきた。
彼女らは2人ともベラに近づいていって、まるで取り巻きみたいに両脇に立ち、意地の悪い瞳をこちらのほうへ向けてくる。
「裏では何を考えてるかわからないし、怖い人ですわ」
「無口で無愛想で、魔術も使えないなんて!きっと性格も悪いのでしょうね!」
2人は口々に私の悪口を言うと、同意を求めるようにベラに目配せをした。
まるで彼女が、更に自分たちの言葉を代弁してくれると信じているかのようだった。
……大方、普段は私の陰口ばかり言っているところに、ベラがはっきりと私に対して罵倒しているのを見かけたものだから便乗してきたといったところだろう。
これまでにも幾度かこういうことはあったので、そこまで驚きはなかった。
むしろ彼女らに対して哀れみを感じてしまうくらいだった。
なぜなら、彼女らはベラを自分たちと同じ『仲間』だと認識しているようだけれど……それは間違いであるから。
ベラは面白そうに目を細めて。
これぞ至極の楽しみとでも宣言するみたいに、笑いながら言った。
「はい?貴女たちは一体何を言っているの?自分たちの方が余程惨めであることを自覚してくださるかしら」
刺すような口調でありながら、満面の笑みで二人に交互に笑いかけた。
ご令嬢たちは突然ベラの刃が自分たちへ向いたことに戸惑って「え……いや……」と声を漏らして。
何か言おうと口をもごもごさせていたのだが、ベラは彼女たちが何か言う前に立て続けに罵倒を吐いた。
「いつも姉様の陰口を言っているくせに、性格が悪いなどとよくもまあ言えましたわね。あまりに突然で、その上意味がわからないものだから、一瞬自己紹介でもされたのかと勘違いしてしまいましたわよ?それとも自己紹介だったということでよろしくて?」
ベラトリーナ・ミリエールはかなり性格が悪い。
そう言い切れる本当の理由は、私に毎日のように罵倒を浴びせてくるからではない。
その本当の理由は、自分と同意見であると言って現れた人間の足元を嬉々としてすくうような人間であるからだ。
ほら、今も彼女は楽しそうに笑っているのだから。
言われた二人は狼狽した様子で数歩後退りすると「な……ベ、ベラトリーナ様だってさっきはマーシィ様を貶していたではありませんか!何故私たちだけ……おかしいでしょう!?」と言い出す。
もちろん、その言い分はごもっともである。
本人だって悪口を言っていたくせに、自己紹介かと思った、なんて憤慨して当然の権利がある。
けれども、こういう言葉はベラには全く効き目がないのだった。
「そんなの当たり前でしょう?姉様に悪口を言っていいのが私だけだからですわ!」
まるで意味のわからない論理。
昔からこうなのである。
ベラはピシャリと彼女らに言いつけると「理解したら、さっさとどこかへ行ってくれるかしら?貴重な人生の時間を貴女たちとの無意義な会話に宛ててしまったことを一刻も早く記憶から消したいですわ」と吐き捨てて背を向けた。
「姉様、行きましょう。下衆の相手をしていたばっかりに自分の成績が下がるなんてたまったものじゃありませんわ」
その声掛けに反応して、私もベラの後をついていく。
……彼女は決して性格が良いとは言えない。
悪口ばかりで、いつもつきまとってくるから鬱陶しい。
けれど、一緒に居るとやっぱり安心させてくれる。
私がまた「ありがとう」と言うとベラは照れくさそうに頬を赤らめて。
「なっ!い、いや、自分たちを棚に上げて性格が悪いなどと言うものだからムカついただけですわ!いちいち感謝しないでくださるかしら!」
早口で、必死に誤魔化すように扇子をぱたぱたと降っていた。
あなただって棚に上げているけれどね。
心の中では密かにその矛盾が面白いと思いながらも、黙って飲み込んで、私たちは並んで歩く。
一件落着だ。
――なんて、思っていたのだけれど。
そのまま、立ち去っていこうとした時だった。
「エルフィン様に、棄てられたくせに!」
え……。
背後からそう叫ばれて、私は思わず振り返ってしまった。
聞こえた瞬間から、心臓がさーっと冷えていく。
さっきのご令嬢たちはまだそこに立ち尽くして、まるで私の弱みを指摘してやったみたいに口角を上げてこちらを睨んでいた。
どうして――
息が浅くなる。
冷えた血が急激に身体に巡ったような気がした。
そのうち、私は混乱して、思わず小さく呟いてしまった。
「どうして、それを知っているの……」
その声は誰に聞かせようとしたものでもなかった。
けれど、きっとベラには聞こえていたのだろう。
「……貴女たち……それは一体、どういうことかしら」
いつも浴びせてくる罵声よりも、ずっと声を低くして、怒りのこもった声で彼女は言った。
殺気にも近い、どす黒いオーラが立ち上っているようにも見える。
ベラの顔を見ると、彼女はもう笑っていなかった。




