22 魔力なし
魔力を、感じられない。
やっぱり、という気持ちと、何故、という気持ちが同時に胸を突いた。
私は、何日か前には魔術を扱えたのだ。
それならば、魔力があるはずではないのだろうか。
疑問を抱いていると、父様が不意に先生のほうを向いた。
「先生、マーシィは、雷属性の魔術を使っていたと言っていましたね」
そう尋ねられると、先生も父様のほうを向いて、一拍置いてから答える。
「……ええ、確かにマーシィさんは、あの時魔力を放出していたはずです。……公爵様の実力を訝しむわけではありませんが、本当に魔力が全く無いとは考えられません」
先生自身、どこか不思議そうにそう言った。
言われると、父様は伏し目がちになって、考え込むような様子になる。
一体、どういうことなのだろう。
私は幼い頃にはなかった魔力が、成長により最近になって遅れて宿ったのではないかと考えていた。
けれども今でも無いと判断されるのなら、それこそわけがわからない。
私より魔術に関して詳しいはずである父様でさえ考え込んでいるのだから、ますます不安になった。
そんな時、不意に先生が口を開いた。
「すみません。以前から……ずっと考えていたことがあるのです。……全くの推論で、当たっているかはわからないのですが」
言い出して、先生は私の顔を見つめる。
その目つきはただ単に私と目を合わせようというわけではなくて、私の表情全体をまじまじと観察するようなものだった。
ややあって、先生は言った。
「感情と魔力は連動している。すなわち、感情こそが、魔力の放出具合を制御するものですが……。マーシィさんは、その……他の生徒の方々と比べると、感情を表に出さないというか、落ち着いている印象があります。それは……魔力がないのではなく、普段生活している限りでは微弱な魔力さえ表出しないくらいに……魔力が放出されるまでの感情のしきい値がとてつもなく高いのでは……と」
言い切ると、先生は目を細めて少し不安そうにそんな考えを告白する。
どこか、これまで言うのを躊躇っていたような迷いを感じさせて。
父様に対しても、私に対しても、失礼にならないような言葉遣いをしようと努めているのが伝わってきた。
父様は、それを聞いて興味深そうに「ふむ……」と深く呟いた。
「しきい値が高い。……有り得ますが、具体的にどうお考えなのですか」
先生は軽く息を吐いてから、また私の顔を見つめつつ言った。
「通常、人間は普段から何らかの感情は抱えているはずです。そのわずかな感情に対し、魔力は常に反応する。しかし、通常時のマーシィさんからは何も感じられない。これはきっと、彼女が魔力を有していない、ということではなく、魔力が放出されるために必要とする感情の激しさが極端に高いのではないかと。そう思うのです。しかも、感情の激しさに見合った量の膨大な魔力はそのまま放出される。……だからこそ、魔力が放出された途端に魔力暴走が起こったのではないかと。もちろん、全て私の推論ではありますが……」
先生は不安そうに、けれどもそれでありながら確信めいた口調で言った。
しきい値が高い……。
確かに、先生の言うとおりに考えてみるとすると、私が魔力を感じたあの二つの体験は、いずれも私が堪えきれないくらいの感情を抱いた時に発現していた。
つまり……私は魔力を持っていて。
けれども、普通の人よりもよっぽど感情を高ぶらせなければいけないくらいに感情センサーが鈍い。
そういうことだろうか。
考えていると、父様は少し考えるように唸ったあと、頷く。
「推論とは言いますが、その考えはかなり筋が通っている。もしかすると、当たっているかもしれません。しかし――」
そこまで言うと、父様は言いやめて私のほうを見た。
どこか不思議そうな、訝しむとまではいかないけれど、洞察されているような鋭い目つきがそこにあった。
「それならばつまり、魔力暴走を起こしたあの授業で、マーシィはこれまでに達していなかったか、これまでに思い浮かべたことのない強い感情を抱いたということになる。授業の内容で、何かそのようなものが?」
私を見ながらも、父様は先生に尋ねるようにそう言った。
先生はすぐに「いえ……ただの実技の授業でしたから」なんて答えた。
すると、父様は私をますます不思議そうに見つめてくる。
少し逡巡してから、尋ねてきた。
「マーシィ、お前はその時、何をそんなに強い感情を抱いていたんだ?」
まさか、そんなことを尋ねられるなんて。
私は一瞬息を詰まらせる。
……でも、確かにそうか。
私が実は魔力を持っていたとして。
これまでも、苦しいことや悲しいこと、怒りも喜びもあったのに、魔力が放出されることはたったの一度だってなかった。
何故、あの授業では使うことができたのか。
父様からすれば、気になるに決まっている。
とはいえ。
私の中には恥ずかしい感情が渦巻き始めて、すぐに答えることができなかった。
頬が熱くなり「ええと、それは……」などと少し言い淀む。
私が言いそうになるたびに、先生も父様も私が何か重要なことを打ち明けるのではないかみたいな態度になるので余計に恥ずかしくなって。
……けれど、これも検査のためであることもわかるし。
黙っていれば、父様はますます不思議そうに私のことを見るものだから、言うしか無くて。
結局、ややあってから思い切って口を開いた。
「その……私はエルフィンが、好きで」
言うと、父様と先生が顔を見合わせた。
頬が、耳が、顔全体が焼けるように熱い。
別に、本人が目の前に居るわけでもないというのに、恥ずかしくて逃げ出してしまいたかった。
母様に告白する時はすんなり言えたのに……。
自分自身に困惑しながら、私は続きを話す。
「エルフィンが、他のご令嬢と親しくしていたのを見たんです……。それはつまり……嫉妬というか、ええと、それで魔力が……」
喋り方もぎこちない上に、私はなんて説明が下手なのだろう。
私は父様と目を合わせていることができなくなって逸らした。
けれど父様は私の拙さを咎めるでもなく、突然豪快に笑い声をあげ始める。
急になんなのだろう……。
混乱していると、父様は言った。
「っぷ、ぷははっ!……なるほど、そうか!そうなんだなあ!……ということは、それがお前の魔力放出のトリガーとなる感情なわけか!」
見ると、何故か父様はニヤニヤと笑みを浮かべている。
やっぱり、馬鹿らしくて笑われてしまっているのだろうか。
更に顔を熱くしていると、父様は一通り笑い終わったあとに。
突然、先生に対してとんでもないことを言い出した。
「すみません先生。今からエルフィン・シャングルトンを呼んでもらうことはできますか?」
聞いた瞬間、私は狼狽えて、耳を疑ってしまった。
突然、なんてことを言い出すのだろう。
きっと何かの冗談か、私への悪戯かと思った。
勇気を出して告白したのだ。
茶化されるのはあまり気分の良いものではない。
私は少しムッとして「父様、私は真剣に言っているんです。からかわないでください」と声を上げた。
しかし父様はすぐに首を横に振った。
「ああいや、すまない、マーシィ!気を悪くさせるつもりは無かったんだ。別にお前をからかいたいわけじゃあない。ただ、これも検査には必要なことでね。エルフィンくんへの感情がトリガーならば、1度彼にも来てもらう必要がある」
必要がある……。
ただ、からかいたいだけではなく?
言われても少しのあいだ訝しんで。
けれども、私が何か言う前に先生は去っていってしまった。
「では、呼んで参ります」
そう言って走っていく背中を見て、私は膝を折りそうになる。
今日はまさか彼と会うなんて思ってもいなかったし、心の準備がまだなのに……!
まだ彼も来ていない今のうちに、緊張で私の身体は氷のように固まってしまうのだった。




