21 魔力検査
――週末が訪れた。
まだ、あの中庭での出来事が頭の片隅から拭えないままに、私は闘技場にやって来た。
何も開催されていないこの場所に来るのは初めてのことで、応援する観客も、風が吹くたびに鬱陶しいくらいになびく垂れ幕もない。
魔術大会の時とはえらい違いで、こんな広い空間で今から魔術を使えというのだから、私は息を呑んだ。
「マーシィさん。ご両親から貴女の魔力検査については聞いていますよね。突然ですみませんが、明日実施することになりましたので、伝えておかなければと思いまして」
私の魔力検査をすることについて伝えられたのは、つい昨日のこと。
魔術学の授業終わりに先生に呼び出されて伝えられたのである。
私からすれば、魔術が使えるようになったことなど、まだ毛ほどの実感もない。
それなのに先生がそれをとても重大なことのように言ってくるのが気になって仕方がなかった。
『通常ではその身に宿すことのできないほど膨大で、特異』
……やはり、そのことについて詳しく知ることができるのは、検査当日だろうか。
今朝、私は期待していいのか不安でいるべきなのかもわからず、モヤモヤを抱えたままに、この学園に併設されている闘技場へ足を踏み入れたのだった。
闘技場は石造りの巨大な建物で、その厳かな雰囲気に私は先生の後ろをついておずおずと歩いていく。
その時――場内に入っていく途中で、聞き覚えのある声に呼び止められた。
「マーシィ、久しぶりだな。こんな場だが、会えてよかった」
声をかけられて目を向けた。
その人は背が高く、宮廷に仕える証としてのマントを羽織って、私に似た黒髪と黒い瞳を持ち、笑いかけてきていた。
ただ、感情豊かに笑いかけてくるところだけが、私とは似ても似つかない。
先を歩いていた魔術学の先生が、まず礼をした。
「メルクロン公爵様。本日はよろしくお願いいたします」
声をかけられて、あちら側も礼をする。
「いえ、こちらこそよろしくお願いします。私の娘がいつもお世話になっているようですし」
私は驚いて息を呑んだ。
――目の前に現れたその人は、私の父様だった。
「おはようございます、父様。……もしかして、父様が私の魔力検査をしてくださるのですか」
私は驚きと困惑で、状況が理解できないながらに、すぐに礼をした。
顔をあげてから、もしかしてと思ってそう尋ねる。
聞くと父様は少し笑って、それから得意げな顔をして言った。
「当たり前だろう。普段は顔を合わせてやれることも少ないが、自分の娘の魔力検査とあらば、担当させてもらうに決まっている。まあ、だいぶ無理を言ったもので、この後の仕事の調整で痛い目を見るのだがな」
困ったように大きく笑いながら父様はそう言って。
そんな姿を見て、私は少し安心した。
もし厳格そうな宮廷魔術師様が来たら委縮してしまいそうで、ドキドキしていたから。
それに、数年ぶりに再会しても父様が変わらず父様のままでいることに私は安心していた。
幼い頃は当たり前のように毎日顔を合わせたものである。
それが、成長して学園に入ってからは父様も忙しくなり顔を合わせることが滅多になくなって。
関わるにしても手紙だけのことが多かった。
だからこそ、父様が相変わらず陽気な様子なのを見て、その姿に少しだけ緊張を緩める。
ここに居るのは気恥ずかしいけれど、同時に少し嬉しくもあった。
……ただ、ほんの少しの気後れも。
父様はしばし大きな声で笑っていたが、それから少し真面目な顔つきになる。
私の顔をじっと見つめて、感慨深そうな表情になると、口を開いた。
「……魔術が、使えるようになったんだな」
その一言には、きっと複雑な感情が含まれていた。
言われて、無意識にぴんと背筋が伸びた。
私の体質のことを気にかけて、色々と手を尽くしてくれたのはいつも父様だった。
数秒……母様の時のことがちらついて、同じように、どうして怒ったりしないのかと質問してみようかという考えが頭によぎるけれど。
母様がああいうふうな反応なら……きっと、父様も答えは同じなのだろう。
ややあってから、私は「はい。そのようです」とだけ返事をした。
すると、父様は目の前まで近づいてきて肩をポンと叩いてきた。
「良かったな」
父様はしみじみとそう言って。
それ以上に続く言葉は何もなかった。
母様の時と同じだ。
私が魔術を使えたということに、怒るでもなくただ喜んでくれているのが不思議だった。
――それから、ややあって。
私たちは、闘技場の舞台の真ん中まで歩いて来た。
観客席に囲まれているとはいえ、それでも開けている空間では風をよく感じる。
そして一瞬、魔術大会の時のエルも、ここに立っていたんだなと思い出したりする。
「魔力の検査というのはざっくり言うと、魔力量の測定と扱う属性の判別、どのような出力が最適かを計るものなんだ」
父様は早速そう説明を始めてくれた。
言いながら先生となにやら目配せしていて、また少しだけ緊張する。
魔力量の測定……膨大であるという言葉を改めて思い出して、本当にそうなのだろうかという疑いに身震いを一つした。
父様は少し俯いて、顎に手を当てて考えるような仕草をしてから躊躇いがちに口を開いた。
「マーシィ、事前に先生から色々伺ってはいるのだが……やはり、見てみないことにはなんとも言えない。突然だが、まずは少しだけ魔術を使って見せることはできるか?」
言われて、少しビクリとする。
そう言われる覚悟自体はしていたけれど、やっぱりか。
その言葉に少しだけビクリとしたのは、単に緊張しているからではない。
私は二人から少し離れていくと、早速魔術を使ってみようとしてみた。
ただそこに真っすぐ立って、魔術が出ますようにと念じる。
念じて念じて、念じて。
けれど、何も起きない。
目を瞑って、一生懸命心の中で出ろ!と唱えたところで、出たのはしばし経ったあとの呆れた自分のため息だけである。
「父様、すみません。私は、魔術の使い方がわからないのです」
少ししてから、諦めて父様のほうを見るとそう言った。
あの魔力暴走の一件から、私は確かに魔術を扱えるらしいということが発覚した。
シャルロッテとの一件でも、魔力暴走に陥りそうになったし、それ自体は確定していることなのだろう。
けれど、あの2つはどれも偶発的なものというか……とにかく、私が魔術を使おうと意識して発現させたものではない。
どのように念じればいいのかもわからないし、どこの神経にどんなふうに集中を向ければいいのかもまるでわからない。
自分の身体のどこに生えているかもわからない透明な3本目の腕で、物を掴めとでも言われているみたいである。
だからこそ、私には未だに魔術を使えるという実感がなかった。
父様は、思ったよりも驚いたような反応はしなかった。
こんなことを言ったら困惑させてしまうだろうかと思ったけれども、むしろ予想通りですらあったのか、真面目な顔で頷いていた。
「マーシィ、そう不安がらなくてもいい。今確かめたのは、これによって検査の方法が少し変わってくるからで、最初のうちは誰でも大体そういうものさ」
そう言われて、少しだけホッとする。
ただ、安堵しながらも、検査の方法が変わるという言葉が気にかかって私は尋ねた。
「変わる、というのはどういうことですか」
尋ねると、父様は私の前に2本の指を立てて見せてくれる。
「魔力の発現には2つのパターンがある。1つは、成長とともに、自然と魔力の扱い方を掴める場合。そして2つ目のパターンは、感情が臨界点に達した時に突然使えるようになる場合だ。感情の爆発とともに、魔力を放出し、それから訓練して正常にコントロールできるようになっていく。……まあ結局、これも本来赤ん坊か幼い頃に身につけるもので、マーシィみたいにこの歳で突然魔力が放出されるのは珍しくはあるのだがな」
父様は言い切ってから最後にもう一回、しかし不安になる必要はない、と付け足してくる。
よほど私を安心させてくれようとしているようで悪いけれど、むしろ念押しされたことで、私は背筋を伸ばした。
『最初から魔力を自由自在に操れる人なんていうのはほんの一握りの天才だけです。無理をせずとも学園を卒業する頃には基本的な魔力操作が習得できていれば良いですからね』
入学してまだすぐの頃。
魔術の初回の授業で、ちょうど今、父様の隣に立っている先生が言っていたのを思い出す。
だから安心してもいいと言うのは、当然の論理なのだろうけれども――
そんな記憶と芋づる式に、ふと、入学当時のエルの評判が掘り起こされた。
まだ魔力の扱いの未熟な生徒たちの中で一人、意のままに魔術を扱い、教師陣すら驚かせて。
誰もが認めるほどの天才でありながら、謙虚で優秀な、当時の彼の新鮮な人気を。
思えばあの時も落ち込んだ。
私は学園に来てから毎日のように、彼と私の決定的な差を叩きつけられている。
今からでも、その差を埋めるのに間に合うだろうか。
不安に思っていた時、父様が私の方へ近づいてきた。
「マーシィ、少し手を握らせてもらってもいいか?今から、お前に魔力が宿っているか調べよう」
父様はしゃがんで、手を差し伸べてくる。
「……はい」
急に言われて、私は緊張しながら片方の手を差し出した。
握られるだけで、測定できるものなのか。
これから結果が出るのだと思うと、緊張して無意識に先生のほうを見てしまう。
先生も淀みのない瞳で私を見ていた。
幼い頃、私は魔力が存在しないと言われていたはずだった。
それなのに、膨大というのはどういうことだろう。
今この場で、わかるのだろうか。
ドキドキしながら父様の反応を待っていると、ややあってから、手を離されて。
それから、父様は苦い顔をして言った。
「……やはり、魔力は感じられないな」




