15 薬学の天才
「おーほっほ!何をどうしたらそんな無様なポーションを作れるのです!それを飲んだら天下一品の無表情さを誇る姉様でも、苦すぎてしかめっ面ができそうなくらい酷い有様ですわね!」
ベラに大笑いされ、そうやってバカにされたのは、実家に帰省したあの日から4日ほど経った後のことだった。
薬学の授業中のこと。
植物の成長を促進させるポーションを作るようにと先生に言われていたのだが、慎重に材料を投入していった結果、どういうわけか1滴垂らしただけでデカい観葉植物すら消し炭にしてしまう液体を作ってしまい、お笑い草にされているのである。
おかしいな、私はちゃんと手順通りに作ったのに。
「そう言うベラはどうなの」
あまりに酷い言いようをされるものだから、普段は彼女に対して特に言い返すこともないのに、ムキになってしまって。
負け惜しみでそう言ってみたのだけど、ベラは更にニターッと意地悪く私を嘲笑する。
その時点になって、私はやっと自分の愚かな失言に気がついた。
しまった……!
よりにもよって薬学の授業でこの子の挑発に乗ってしまうだなんて……。
「もちろん、私のものは完璧な出来ですわ!先生が作ったお手本より更に高度に精製してるんだから!ドブすら褒め言葉になるそのポーションと一緒にしないでくださる?」
ベラはこれ見よがしに翡翠色にキラキラ輝くポーションの入ったフラスコを持ち上げると、明らかにこの世ならざる色をしたマテリアル入りポーションを見て改めて爆笑してくる。
なんて意地の悪い!
何か反論をしたいが、しかし、確かにどう見てもおぞましい以外に感想のない液体が生成されているためぐうの音も出ないのが惜しいところだ。
先生が通りがかりにベラのポーションを見て「やっぱりベラトリーナさんの精製するポーションは素晴らしいですね!この実力なら、今度の学会に提出できるレベルですよ!」と興奮したように言った。
それから、ちらと私のフラスコのほうにも目を向けて。
一瞬信じたくなかったのか目をそらすと、三度見くらいしてから、ほお……などと変な声を上げて「マーシィさんは、ええと……なんですかこれは」と、散々言葉を選んだであろう間があったとは思えないくらいドン引きした顔をしてそう言って、苦笑いとともに足早に去っていく。
もはや叱るという次元ですらないのか、これは。
入学する時に、魔術が使えないからと付け焼き刃の勉強をしてなんとか薬学部に入ったわけだけれど、我ながら実技がここまで下手くそだとは思わなかった。
今学期も筆記テストで高い点数を取るしかないかな……なんて思いながら、羨ましい気持ちで私とは対照的に薬学部万年一位なベラの顔を見つめる。
たまには見返してやりたいけれど、やっぱりこの子には叶わない。
――ベラトリーナ・ミリエールは、薬学の天才である。
それは、家系の血筋や環境に左右されたものではない。
元はといえば、ミリエール伯爵家は商会を立ち上げることで繁栄してきた貴族である。
商品としてポーションを扱うことはあっても、薬学には縁もゆかりも無かったであろうから、彼女はかなりの突然変異であった。
ポーションを作る、と一括りに言っても、ただレシピ通りの材料を投入するだけではほとんど意味がない。
高度に精製するためには、発現させたい効果に適した魔力を注入しなければならなくて。
それは、ただ魔術が得意だというのとは一線を画した全く別の繊細な技能であり、一介の学生に極められるものではないはずだった。
けれど、それを難なくやってのけてしまうのが、この従妹なのである。
思えば幼い頃から彼女は散々天才だと持て囃され、自由に育てられていて……。
しかし、だからこそ傲慢な性格になったのか、と言われればそうではない。
何故か?
答えは簡単。
彼女はただ、生まれつき性格が悪いだけなのである。
今朝だって、私が授業前に「おはよう。ベラ」と挨拶したら「あら、おはようございます姉様!今日も素晴らしい無表情ですこと! 壁のシミと見分けがつきませんわ!」と流れるように言われた。
流石に壁のシミよりは面白い顔をしているだろうと思ったが、万が一私よりユーモアのある壁のシミがあれば論破されてしまうので言い返せなかった。
遺憾である。
真面目で優秀な生徒とは言えないし、性格だってはっきり言うなら最悪だ。
友人がいないいじりをたまにされるけれど、彼女だってほとんどいないだろう。
そういう部分は不満ではあるけれども。
それでも、彼女は私とは違って自信をもって毎日を楽しく生きている。
だから、この従妹にはある面では憧れもあり、畏怖もあった。
机に置かれた翡翠色に光るフラスコを見ながら、ぼうっとベラの横顔を見ていた時、唐突にパリンッと音が聞こえる。
見ると、私のポーションが入ったフラスコが割れていて、中の薬品がどろりと流れ出していた。
どうやら私はガラスすら溶かす劇薬を作ってしまったらしい。
もはや逆にすごいのではないだろうか。
★
「とにかく姉様は積極性を出していかないといけないのです!あっちが離れていった以上、こちらから積極的にくっついていかなくては本当に関係が終わってしまいますわよ!」
ベラがなんてことのないようにそう言うので、私は困り果ててスプーンを置いた。
午前の授業が一通り終わって、食堂で昼食を食べている時のことである。
ここ数日、彼女にどうやったらエルとヨリを戻せるかと相談することが多く、彼女も私の頼みに匙を投げることなく答えてくれていて。
それに関しては本当に感謝しているのだけれど。
いかんせん、それが出来たら苦労しないと返したくなるようなことばかり言うものだから、困っているのだ。
「それは……そうなんだけど」
そんなことを弱気に言うと、ベラはムッとした顔をして扇子を折り畳んで先端を私の顔の方へ向けてきた。
刺されでもするかと思って、驚いて少し身を引くと、ベラは声を荒らげてくる。
「もうっ、姉様はいつもそればかりですわね!今日こそは逃がしませんからね!早く食事を終わらせて、お昼休みが終わったらエルフィン様を探しに行きましょう!無理やりにでも話しかけるのです!」
強気に迫られて、肩をすくめた。
「……無理やりって、そんなことをしたら逆に嫌われるかもしれないでしょう」
しつこく迫って、エルに引かれたりでもしたら、それこそ本末転倒だし……。
以前からずっと、彼は私が無理をしていないかどうかを気にしていた。
もし彼にそんな印象を強く植え付けるようなことをしてしまえば、更に避けられてしまうかもしれないと、私としては思ってしまうのだ。
それに、生け花の授業の時は話しかける機会が用意されていたから会話ができていただけであって、突然彼に話しかける勇気など私にはないし……。
そんなふうに思ってまごまごしていると。
ベラは唐突に声を低くして目を細め、冷淡な声で呟いた。
「はいはい、そうですか。それでは、このまま足踏みをして、他のご令嬢とエルフィン様が結ばれても黙って見ているのですね」
「それは嫌」
思わず口をついてその言葉が出る。
我ながら、すごい反射神経だった。
ベラがニヤリと笑って、そこでハッとする。
罠だ、はめられた。
「嫌なのなら、エルフィン様を探しに行きましょう!ほら早く!」
そう言うと、有無も言わせずにベラは腕をぐいぐいを引っ張ってきて。
私は慌ててスプーンを持ち上げ、食器の上に乗っているご飯を指し「ま、まだ残ってるから」という言い分で対抗しようとした。
ところが、そうするとベラはスプーンを奪い取ってきて、ムッとした顔をする。
「姉様!さっきからちびちび遅く食べて誤魔化そうとしていたでしょう!全然減ってないじゃないですか!」
言われて、私はびくりと肩を震わせた。
ぐぬぬ……昼休みが終わるまで食事を終わらせない作戦が、まさか見破られていたとは。
結局私は観念して、大人しく5分ほどで残ったごはんを完食して。
そんなわけで、昼食を終えると、私はベラに連れられて半ば強引にエルを探さなければならないことになってしまった。
まあ……、いつまでも適当に理由をつけてエルとの対話を避け続けているわけにはいかないとも思う。
生け花の授業で彼に直接、婚約解消を撤回させると宣言したし、母様との会話でも改めて危機を自覚した。
そろそろうじうじしている場合ではなく、行動に移すべきなのは確かである。
きっと、こうやって背中を押されることは感謝するべきことなのだろう。
私は覚悟を決めて、エルの姿を探し始めた。
――この時、私の姿を恨めしそうに睨むご令嬢の姿があったとは、つゆほども知らずに。




