妹との約束
彩花とのプールから数日が過ぎた、夏休みのとある日。
今日も朝から強い日差しが照りつけていたが、今日の翡翠家はいつもと違って朝からバタバタと賑やかだった。
「お兄ちゃん! この服と、こっちの服、どっちがいいかな……!?」
自分の部屋からバタバタと走ってきた楓が、二着のワンピースを自分の体に当てながら目を輝かせて尋ねてくる。
白のフリル付きワンピースと、淡い水色の花柄ワンピース。どちらも気合が入っているのが伝わってきた。
「どれでも可愛いと思うけど……水色の方が涼しそうでいいんじゃないか?」
「本当!? じゃあこれにする! すぐ着替えてくるね!」
嬉しそうに部屋へ戻っていく楓。
今日は、以前に約束していた『楓とふたりきりでお出かけする日』だ。
彩花とのプールの日に拗ねかけた楓に「今度どこか連れて行ってやる」と約束したのを、楓はずっと心待ちにしていたらしい。
「よし! お兄ちゃん、準備完了だよ!」
麦わら帽子を被り、小さなポシェットを肩からかけた楓が、満面の笑みでリビングにやってきた。
いつもの部屋着のぐうたらな姿とは違って、ちゃんとおしゃれをしている姿は、どこか小さな妹らしさと可愛らしさが詰まっている。
「おう、じゃあ行こうか。熱中症にならないように水分補給はしっかりな」
「はぁい! お兄ちゃん、手つないで!」
「はいはい」
小さな楓の手をギュッと握りしめ、俺たちは真夏の街へと繰り出した。
◇
今日やってきたのは、バスで二十分ほどの場所にある大型のショッピングモール。
快適なエアコンが効いた館内に入ると、楓は「涼しい〜!」と声を上げて嬉しそうに息を吐いた。
「お兄ちゃん、まずはどこ行く……? 楓、水族館みたいな大きいアクアリウムショップ行ってみたい!」
「アクアリウムか。いいぞ、行ってみよう」
モールの三階にある大型ペット&アクアリウムショップへ向かうと、壁一面に並べられた巨大な水槽の中を、色鮮やかな熱帯魚やクラゲたちが優雅に泳いでいた。
「うわぁぁ……すごい、綺麗な青いお魚がいっぱい……!」
水槽にペタリと手を当てて、目を丸くしながら見入る楓。
色とりどりの魚が横切るたびに、「あ、今のお魚可愛い!」「あっちには大きなカメさんがいるよ!」と子供のようにはしゃいでいる。
「楓、あんまり顔近づけすぎるとガラスにぶつかるぞ」
「へーきだもん。……ねえお兄ちゃん、お魚さんたち、プールみたいで気持ちよさそうだね」
ふと、楓が水槽を見つめたまま呟いた。
「プール……彩花お姉ちゃんと行ったところも、こんな風に綺麗だった?」
「え? あー……まあ、水が綺麗で広かったな」
「……ふ〜ん」
少しだけ口を尖らせた楓は、クルッと振り返ると俺の服の裾をギュッと引っ張ってきた。
「ねえ、お兄ちゃん。今日はお兄ちゃんを楓がひとりじめだよね……?」
「当たり前だろ。今日は楓と遊びに来たんだから」
「……えへへ。よかった!」
安心したようにニコッと笑う楓。
普段は家でゴロゴロしていることが多いが、こうしてふたりで出かけると、まだまだ甘えたがりな妹なんだと思い知らされる。
◇
その後、雑貨屋で可愛い文房具を選んだり、ゲームセンターでクレーンゲームに挑戦したりして遊んだ俺たち。
お昼過ぎ、少し歩き疲れたので館内のカフェで休憩することにした。
「はい、楓。限定のイチゴパフェだぞ」
「うわぁぁぁっ! すごーい! イチゴがいっぱい乗ってる……!」
目の前に運ばれてきた大きなイチゴパフェに、楓のテンションは最高潮に達した。
小さなスプーンを握りしめ、大きな一口をぱくりと頬張る。
「んん〜〜っ! おいしいっ! お兄ちゃん、一口食べる……?」
「俺はコーヒーがあるからいいよ。楓が全部食べな」
「えー、一口あげる! はい、あーん!」
スプーンに大きなイチゴと生クリームを乗せ、俺の口元へと差し出してくる楓。
周囲の客からの視線が少し恥ずかしかったが、断ると絶対に拗ねるので、諦めて「あーん」と口を開けた。
「……ん、美味いな」
「でしょー! お兄ちゃんと食べるからもっと美味しいんだよ!」
嬉しそうに満足気な笑顔を浮かべる楓。
その無邪気な表情を見ていると、テスト勉強や色々なことで忙しかった最近の疲れが、綺麗に吹き飛んでいく気がした。
「……ねえ、お兄ちゃん」
パフェを半分ほど食べたところで、楓がふと少し真面目な顔で俺を見つめてきた。
「どうした?」
「……楓ね、お兄ちゃんが高校生になってから、どんどん遠くに行っちゃうのかなって、ちょっとだけ心配だったの」
「遠く……?」
「うん。智也お兄ちゃんたちと遊びに行ったり、彩花お姉ちゃんとデートしたり……お兄ちゃんがどんどん大人になって、楓のこと忘れちゃうんじゃないかなって」
小さな手でスプーンをぎゅっと握りしめ、不安そうにポツリポツリと本音を漏らす楓。
家でぐうたらしていたのも、彩花とのプールデートに少し嫉妬していたのも、全部この不安があったからなのだと気づかされた。
俺は少し苦笑いしながら、楓の小さな頭の上に手を置き、ぐしゃぐしゃと優しく撫でまわした。
「バカだな。忘れるわけないだろ。お前は俺の妹なんだから」
「ひゃうっ……お兄ちゃん、髪ボサボサになっちゃう……!」
「いくつになっても、お前が困ってたら助けるし、約束もちゃんと守る。だから変な心配すんな」
頭から手を離すと、楓は少し目元を潤ませながらも、今日一番の飛びっきりの笑顔を見せた。
「……うん! お兄ちゃん、大好き!」
◇
夕方、たくさんのお土産袋と、クレーンゲームで取った大きなぬいぐるみを抱えて帰宅した俺たち。
「ただいまー!」
「お邪魔してます〜! あ、ふたりともお帰りなさ〜い!」
リビングの扉を開けると、そこにはなぜかエプロン姿の彩花が立っていた。
「……彩花? なんでうちにいるんだ?」
「ふふっ、おばさんに頼まれて、今日の晩ごはんは私が作ることになったの! 楓ちゃん、今日はお兄ちゃんとデート楽しかった?」
「うん! すっごく楽しかったよ! お兄ちゃん、パフェあーんしてくれたの!」
「えっ……!? あ、あーん……!?」
楓の容赦ない暴露に、彩花が固まり、顔を真っ赤にしてこちらを凝視してくる。
「悠くん……楓ちゃんに『あーん』してあげたの……!?」
「いや、パフェ一口もらっただけだろ! 変な言い方すんな楓!」
「えへへ〜」
あっかんべーと舌を出す楓と、なぜか嫉妬気味に「私にもしてくれたことないのに〜!」とむくれる彩花。
家の中ににぎやかな笑い声が響き渡る。
特別なデートもいいけれど、こういう温かくて賑やかな日常こそが、俺たちの最高の夏休みなのだと実感した一日だった。




