帰り道
少し短めです!
陽が少しずつ傾きはじめ、プール全体が綺麗なオレンジ色に染まりだす頃。
波のプールや浮き輪での流れるプールを遊び尽くした俺たちは、温水シャワーを浴びて着替えを済ませ、施設を後にした。
「ふはぁ〜っ、すっごく楽しかったね! 悠くん!」
バス停へ向かう夕暮れの道を歩きながら、彩花が気持ちよさそうに両腕を大きく伸ばす。
濡れた髪を軽くタオルで拭いたせいか、ふわりと爽やかなシャンプーの香りが漂ってきた。
「そうだな。久しぶりにちゃんと身体動かした気がするわ」
「でしょ? 流れるプールで悠くん、途中でぷかぷか浮いて流されてるだけだったし!」
「あれはそういうプールだろ。……まあ、いい気分転換になったよ」
並んで歩く影が、夕日を受けて道路の上に長く伸びている。
遊び疲れた体に、夕方特有のぬるい風が心地よく吹き抜けていく。
「ねえ、悠くん」
「ん?」
「期末テストのご褒美でプールに連れてきてくれて……本当にありがとう」
彩花が歩みを少し緩め、隣で嬉しそうに微笑んだ。
「あのね……私、テスト勉強のとき、本気で1位狙いにいったんだよ? 『悠くんと絶対プール行くんだから!』って、ガチで必死に勉強したんだからね」
「……知ってるよ。智也と勉強会までやってただろ。彩花がそこまで本気だと思わなかったから、正直びっくりしたけどな」
「ふふっ、だって絶対譲りたくなかったんだもん。今日こうやって悠くんと来れて、本当に良かった……! 夏休みの最高のスタートだよ」
「……俺も、まあ……楽しかったよ。頑張った甲斐があったな、彩花」
「えへへ、でしょ! 素直でよろしい!」
満足そうに胸を張る彩花。
昼間のプールで見せた水着姿や、ナンパの時の少し泣きそうな顔が思い出されて、俺は急に気恥ずかしくなり、そっぽを向いて歩調を少し早めた。
「あ、待ってよ〜! 置いてかないで!」
◇
バスに揺られて地元の駅まで戻り、彩花を家まで送った後。
俺が翡翠家の玄関を開けると、リビングからパタパタと足音が響いてきた。
「お帰り、お兄ちゃん!」
部屋着姿の楓が出迎えてくれる。
俺の手元にあるバッグに目を留めると、じっと俺の顔を伺うように見上げてきた。
「プール、楽しかった……?」
「おう、まあな。めちゃくちゃ混んでたけど」
「ふ〜ん……彩花お姉ちゃん、どうだった?」
「どうって……普通に元気だったぞ」
「違うよ。水着! 似合ってた……?」
何気ない顔でズバッと核心を突いてくる楓。
昼間の出来事や彩花の表情が頭をよぎり、俺は言葉に詰まってしまった。
「……っ、まあ、似合ってたよ」
「へぇ〜……お兄ちゃん、顔赤い」
「日焼けしただけだ! ほら、シャワー浴びてくるからどけ」
「あ、逃げたー!」
ニヤニヤとからかってくる楓の頭を軽く小突き、俺は洗面所へと逃げ込んだ。
冷たい水で顔を洗うと、鏡の中に映った自分の顔は、確かに日焼けのせいだけではない熱を帯びていた。
(……夏休み、まだ始まったばかりなんだよな)
携帯を開くと、彩花から一言『無事に着いたよ!今日はほんとにありがとね!』というメッセージと、猫のスタンプが届いていた。
これから始まる長い夏休み。
彩花や楓、そして智也たちと過ごす日々の中で、何かが少しずつ変わっていくような——そんな甘酸っぱい予感を抱えながら、俺はスマートフォンの画面を静かに閉じた。




