テスト当日
「悠くん、この数学の解き方なんだけどね? ここはこうやって展開するとスマートなんだよ〜」
「ちょっとお姉ちゃん! 悠くんに教えるのは私! お姉ちゃんは智也くんを見てあげてよ!」
「え〜? でも彩花、その公式さっき使おうとして迷ってたじゃない。私の方が上手に教えられると思うな〜?」
「むぐぐぐ……っ! 次は間違えないもん!」
ローテーブルを挟んで、菜奈先輩と彩花がバチバチと火花を散らしている。
学年1位を本気で狙う優秀な幼馴染と、1つ上の頼れる生徒会長。二人に挟まれる形になっている俺としては、勉強どころではなく胃が痛い。
「はい、お兄ちゃん。冷たいお茶」
「おう、ありがとう楓」
そんな賑やかな空間でも、楓はどこ吹く風といった様子でお茶を配ると、当然のように俺の隣にちょこんと腰掛け、俺の腕にすっぽりと頬を寄せてきた。
「楓ちゃん、相変わらずお兄ちゃんが大好きなんだね〜。うふふ、可愛いなぁ」
「菜奈お姉ちゃん、これあげる。冷たいよ」
「ありがとう楓ちゃん!」
菜奈さんとなごやかにやり取りしつつも、俺にくっつく身体は一向に離そうとしない楓。
彩花も「もう、楓ちゃんはお兄ちゃんにベッタリなんだから」と呆れつつ、嬉しそうに楓の頭を撫でている。
そんな平和な空間の端っこで、智也は一人頭を抱えて暗記カードと格闘していた。
「……なぁ悠。俺、この空間で無事に勉強を終わらせて生き帰れると思うか?」
「知らん。早く覚えないと赤点だぞ」
「ひー! 英単語多すぎるんだよバカヤロー! なんで『environment』なんて長ったらしい単語が存在するんだよ!」
「文句言ってないで書きまくりなさい、智也くん。ほら、手を動かす!」
「柏村まで厳しいー!?」
智也の悲鳴が響く中、なんだかんだで夜遅くまで勉強会は続いた。
菜奈先輩が買ってきてくれた有名店のケーキを食べ、智也に教え込み、彩花と応用問題を解き競う。怒涛のような時間はあっという間に過ぎていった。
「じゃあ悠くん、また明日ね! 私、絶対に1位取ってみせるから!」
「ああ、期待してるよ」
夜、玄関で見送る俺に、彩花は強く拳を握って見せた。その瞳には並々ならぬ決意が宿っていた。
◇
そしてやってきた、期末テスト当日。
教室には独特の緊張感が漂っていた。最後の悪あがきとばかりに参考書をめくる者、諦めて机に突伏する者。
俺の後ろの席では、智也が念仏のように英単語を呟いている。
「インバイロメント……環境……インバイロメント……環境……ぶつぶつ……」
「智也、顔色が青いぞ」
「悠……俺の前前前世からの記憶まで総動員して挑むわ……」
「大袈裟だな」
フッと笑っていると、隣の席の彩花が視線を投げてきた。
緊張しているのか、心持ち背筋がいつもよりピンと伸びている。
「悠くん」
「ん?」
「私……本気だからね。悠くんと約束したから、1点も妥協しないよ」
「ああ。彩花なら大丈夫だろ」
「うん……っ! 頑張る!」
キリッとした表情でうなずく彩花。
——キーンコーンカーンコーン。
試練の開始を告げるチャイムが校内に響き渡る。
テスト用紙が前から順に回され、教室に紙をめくる音だけがカサカサと響いた。
「——始め」
教師の合図とともに、一斉にカリカリとシャーペンを走らせる音が鳴り響く。
彩花は迷いのない手つきで問題を解き進めていき、後ろからは智也の魂の削れるような吐息が聞こえてくる。
俺もまた、集中して問題用紙に向き合った。
数日間に及ぶ期末テストの激闘。
全教科の試験が終わり、「終了」の合図がかかった瞬間、教室のあちこちから深い溜め息と解放感の交ざった歓声が上がった。
「終〜わ〜っ〜たぁぁぁぁ!!」
智也が脱け殻のようになって机に崩れ落ちる。
「お疲れ、智也。手応えは?」
「……出せる全能力は出した。あとは天に祈るだけだ……」
「ふふ、お疲れ様智也くん。悠くんもお疲れ様」
やり切った清々しい笑顔で、彩花がこちらを振り向く。
「どうだった、彩花?」
「完璧。私……自分で言うのもなんだけど、過去最高の出来だと思う!」
胸を張ってドヤ顔を決める彩花。
その自信に満ちた表情を見る限り、本当に凄い点数を叩き出していそうだ。
「あとは結果発表を待つだけだね……!」
テスト返却と順位発表は明日のホームルーム。
約束の果たすときが、すぐそこまで迫っていた。




