勉強会
「悠!! 頼む、俺を救ってくれぇぇ!!」
放課後の教室。夕日が差し込む教室で、突如として激しい悲鳴が上がった。
智也が、俺のデスクに突伏しながら必死の形相ですがりついてくる。
「うるさいぞ智也。大声を出すな」
「頼むって! このままだと期末テストで赤点確定なんだよ! 俺の青春の夏が、補習と追試で真っ黒に塗りつぶされちゃうんだよ!」
「自業自得だろ。前回のテストが終わった後、『次は計画的にやる』って言ってたのはどこのどいつだ」
「うぐっ……! それは……色々なイベントが重なったりしまして……」
目を泳がせる智也に呆れていると、隣の席から彩花がフッと呆れたように笑った。
「相変わらずだね」
「柏村! 頼む、柏村からも悠に言ってくれ! 悠のノートと解説がないと俺は死ぬ!」
「うーん……まあ、智也くんが赤点で夏休み補習になるのは可哀想だけど……」
彩花があごに指を当てて少し考えると、どこか企むような笑みを浮かべてこちらを見た。
「ねえ、悠くん。それなら悠くんの家で勉強会しない?」
「俺の家で?」
「うん! 学校の図書館だと話しながら勉強しづらいし、悠くんの部屋なら集中できるでしょ? それに……」
彩花はすっと顔を近づけてくると、小悪魔っぽい笑みを浮かべて声を潜めた。
「もし私が今回の期末テストで学年1位を取ったら……夏休み、二人でどこか遊びに連れて行ってくれる?」
「……1位取れたらな」
「言ったね! 約束だからね!」
こうして、智也の救済と彩花の野望を乗せた翡翠家での勉強会が決定したのだった。
◇
——そして、翡翠家のリビング。
「うおっ……! 悠、お前ん家めちゃくちゃキレイだな!」
初めて俺の家にやってきた智也は、キョロキョロと部屋を見回している。
「適当に座れよ。お茶淹れてくるから」
「サンキュ! いやー、助かるぜ悠——って、うわっ!?」
俺が台所へ向かおうとした瞬間、智也が素っ頓狂な声を上げた。
階段の方からパタパタと足音が響き、俺の服の裾がぎゅっと引っ張られる。
「おかえり、お兄ちゃん!」
そこにいたのは、部屋着姿の楓だった。
楓は智也の姿を一瞬不思議そうに見ると、そのまま当然のように俺の腰にぎゅっと抱きついてきた。
「おい楓、客がいるんだから離れろって」
「やだ。お兄ちゃんの補給中だもん」
「補給ってなんだ……」
呆れる俺の横で、智也は目を見開いて固まっていた。
「悠……? この子、もしかして……?」
「ああ、妹の楓だ」
「えぇぇぇ!? お前、こんな可愛い妹がいたの!? 聞いてないんだけど!?」
「わざわざ言うことでもないだろ」
驚愕する智也をよそに、彩花は嬉しそうに微笑んで楓に声をかける。
「楓ちゃん、久しぶり〜! 相変わらずお兄ちゃんが大好きなんだね」
「彩花お姉ちゃん! うん、お兄ちゃん大好き!」
彩花を見つけると楓もパァッと表情を明るくし、俺にくっついたまま嬉しそうに応える。
彩花もそんな楓の頭を「ふふ、可愛いなぁ」と優しく撫でていた。
……が、一人だけ取り残された智也は、信じられないものを見るような目で俺を指さしていた。
「お前……家ではこんな可愛い妹にベッタリ甘えられてんの……? 羨ましすぎるだろ……!」
「羨ましがる要素がどこにあるんだよ。ほら、さっさと勉強始めるぞ」
智也をローテーブルに座らせ、彩花、そして俺の隣にすっぽり収まった楓とともに勉強会がスタートした。
——しかし、平和な時間は長くは続かなかった。
「悠ー! お客さんよー!」
玄関から母さんの能天気な声が響き、トントンとリビングのドアが開く。
「やっほ〜、悠くん! 差し入れ持ってきたよ〜!」
「「「……え?」」」
ドアの隙間から顔を出したのは、うちの学校の生徒会長——菜奈さんだった。
手には某有名洋菓子店の紙袋を抱えている。
「菜奈さん!? なんでここに……!?」
「ふふ、文化祭のお礼も兼ねてね! 悠くんがテスト勉強で大変かなって思って! ……あ、彩花もいたんだ?」
「お姉ちゃん……!! なんで悠くんの家知ってるの!?」
菜奈さゆさ嬉しそうに部屋に入ってくると、当然のように俺の反対側の隣に腰を下ろした。
「悠くん、勉強教えてあげようか? 私、1年生の範囲ならバッチリだから!」
「ちょっとお姉ちゃん! ズルい! 悠くんの隣は私の……ううん、勉強教えるのは私だってできるし!」
対抗心を燃やし始める柏村姉妹。
そして、俺の腰をがっちりホールドしたまま「……菜奈お姉ちゃん達仲良しさんだね!」とマイペースに呟く妹の楓。
「……なぁ悠」
勉強どころではなくなった空間の端っこで、智也が死んだ魚のような目で俺を見ていた。
「お前、前世で世界でも救ったの? それとも来世の運まで前借りしてんの?」
「……俺だって訳が分からん」
智也の悲鳴から始まったはずの勉強会は、こうして怒涛の波乱とともに幕を開けたのだった。




