文化祭の後日談
熱狂に包まれた文化祭から、数日が過ぎた。
グラウンドを埋め尽くしていたテントや看板はきれいに撤去され、学校はいつもの静けさを取り戻していた。
生徒会室の窓からはすっかり秋の気配を帯びた澄んだ青空が見え、机の上に積み上げられていた看板や膨大な書類も整理されて、部屋は元の穏やかな空間に戻っている。
「……よし。これで俺が手伝える分の文化祭の後片付けと書類の整理は終わり、だな」
カタカタと叩いていたキーボードから手を離し、俺は深く背もたれに身体を預けた。
本来、俺は生徒会役員ではない。あくまで文化祭期間中のトラブルと人手不足を補うための『臨時ヘルパー』だ。文化祭が無事に成功で終わり、後片付けも済んだことで、俺のヘルパーとしての役目はこれで無事に終了ということになる。
「お疲れ様、悠くん! 本当に助かっちゃった〜!」
お茶の入った湯呑みを手に、菜奈さんが嬉しそうに駆け寄ってきた。
かつて『完璧な生徒会長』として一人で何もかも抱え込み、疲弊しきっていた彼女の姿はもうどこにもない。
今の菜奈さんは、周りに頼ることを覚え、どこかすっきりとした清々しい表情を浮かべている。
「菜奈さんこそ、最後までお疲れ様でした。これで俺の助っ人期間も終わりですね」
「う〜ん、助っ人期間が終わっちゃうのは寂しいなぁ……。でもね、悠くんが支えてくれたから、今年の文化祭は過去最高の大成功になったんだよ?」
菜奈さんは湯呑みをデスクに置くと、すっと俺の隣に並んで腰掛けた。
ふわっと漂う甘い香り。ふとももとふとももが触れそうな絶妙な距離感に、俺は思わず身を固くする。
「後夜祭の時も言ったけど……私ね、完璧な生徒会長を演じるのは、もうやめたの」
「……はい」
「だからね。生徒会長と臨時ヘルパーじゃなくなっても——これからは一人の女の子として、悠くんにたくさん甘えさせてもらうね」
琥珀色の瞳でまっすぐに見つめられ、優しく微笑まれる。
後夜祭のラストダンスで耳元に囁かれた『旦那さんになってもらうね』という衝撃の言葉が脳裏をよぎり、思わず顔が熱くなるのを止められなかった。
(……相変わらず、仮面を脱いだ菜奈さんの破壊力は高すぎる……)
その時、ガチャリと音を立てて生徒会室のドアが開いた。
「お姉ちゃん! また手伝いが終わった悠くんを言いくるめようとしてでしょ!」
仁王立ちで突入してきたのは、自分のクラスでの終礼を終えて駆けつけてきた彩花だった。
帰宅部の彩花はカバンを肩にかけ、一直線にこちらへ歩み寄ると、俺と菜奈さんの間に割り込むようにして座り込み、俺の左腕をがっしりと抱え込んだ。
「彩花ったら、相変わらずガードが堅いなぁ〜」
「当たり前でしょ! 悠くんは文化祭の手伝いが終わったんだから、もう生徒会室に縛り付けないでよ! お姉ちゃんが急に肉食系にキャラチェンジしたから、私だってうかうかしてられないんだから!」
ぷくーっと頬を膨らませて菜奈さんを牽制する彩花。
だが、その瞳にはどこか楽しそうな、排他的なものではない「ライバル意識」と強い意志が宿っていた。
「……ねえ、悠くん」
彩花が俺の腕に頬を擦り寄せながら、上目遣いに囁いてくる。
「文化祭が終わったら、もうすぐ夏休みでしょ?」
「……あぁ、そうだな」
「文化祭期間中は生徒会の手伝いで忙しかったんだから、夏休みは私のために時間使ってよね? 二人でプールに行ったり、花火大会に行ったり……たくさん思い出作ろうね!」
「ちょっと彩花! ずるいよ、私だって夏休みは悠くんとデートしたいのに!」
「お姉ちゃんは夏休みに生徒会の合宿があるでしょ! 悠くんは役員じゃないんだから関係ないもーん!」
「む、むー……! そうだ、生徒会合宿の『特別臨時コーチ』として悠くんをスカウトすればいいんだ! 悠くん、夏休みもお泊まり合宿決定ね!」
「えっ、俺また巻き込まれるの……!?」
「あーーーっ! お姉ちゃんズルい! 職権乱用だーーーっ!!」
絶叫する彩花と、いたずらっぽく小悪魔みたいに笑う菜奈さん。
文化祭という大きな試練を乗り越え、ひとつの終わりを迎えた俺たちの物語。
完璧な仮面を捨てて素直になった生徒会長・菜奈さんと、幼馴染の枠を超えて攻勢を強める彩花。
文化祭の助っ人期間が終わっても、俺の「平穏な高校生活」は完全に遠のいてしまったらしい。
これにて【第2章・文化祭編】完結です!
第3章は夏休み編を予定しております!!




