生徒会長として
すみません! 投稿が少し遅れました!
翌日、放課後。
クラスのダンボール作業をある程度区切り、俺は重い足取りで生徒会室へと向かった。
ドアをノックして中に入ると、そこはすでに『戦場』と呼ぶにふさわしい光景が広がっていた。
「あ、悠くん! 助けてぇぇぇ!!」
ドアを開けるやいなや、情けない悲鳴を上げながら半泣きで駆け寄ってきたのは、昨日教室で『完璧な生徒会長』を演じていたはずの菜奈さんだった。
「……やっぱり菜奈さんはこっちだよな」
「各部活からの追加予算申請と、有志団体の機材使用許可書と、他校からの来賓リストのチェックが山積みで……! 頭がパンクしそうだよ〜!」
頭を抱えてのたうち回る菜奈さん。うん、やっぱりこれが俺の知っている通常運転の菜奈さんだ。昨日の凛としたカリスマ生徒会長はきっと別人だったのだ。
「菜奈、静かにしなさい。翡翠くんが引いているでしょう」
パイプ椅子に座り、眉間を指で揉みながら深いため息をついたのは、副会長の霧島先輩だった。その机の上にも、菜奈さんほどではないが書類の山が築かれている。
「翡翠くん、来てくれて本当にありがとう。とりあえず、そっちの棚にある書類の仕分けと、申請書のフォーマットチェックをお願いしてもいいかしら?」
「分かりました」
指示された通り、俺は指定された席に着き、黙々と書類作業を始めた。
こういう地味で正確性が求められる作業は陰キャの得意分野だ。誤字脱字のチェックや日付の照合を淡々と進めていく。
「……すごいね、悠くん。めちゃくちゃ処理速度が早い……」
隣で書類と格闘していた菜奈さんが、感心したようにこちらを見てくる。
「ただの単純作業ですよ。菜奈さんみたいに全体を統括する決断を下す必要がない分、気楽ですから」
「そんなことないよ! 悠くんは天才だよ!! さすが私の弟だね!!」
そう言ってどこか得意げにいる菜奈さん。ここで俺が「いや、弟じゃないから」なんて言ってしまうと作業が止まりそうなので一旦スルーしておくことにする。陰キャとしての最適な状況判断である。
……だが、作業を開始して一時間が過ぎた頃から、俺は徐々に異様な空気を感じ取り始めていた。
「菜奈、この有志団体の音響機材の申請、生徒会側の承諾印がまだだけど」
「あ、それね! えっと、体育館のコンセント容量を再確認してからじゃないと押せなくて……もう一回配線図見直すね!」
「菜奈会長、近隣住民への文化祭開催の挨拶回りの日程調整ですが——」
「あ、それは私が直接行くから! 自治会長さんへの連絡は私がやっておくね!」
……おかしい。
菜奈さんの仕事量が、明らかに多すぎる。
副会長の霧島先輩をはじめ、他の生徒会役員たちもそれぞれ忙しく働いている。だが、決定権を要する案件や、外部との調整、トラブル対応のほぼすべてが『菜奈さん一人』に集中していた。
本来なら各委員長や学年主任の先生に振り分けるべき雑務まで、菜奈さんは「私がやっておくから!」と笑顔で引き受けてしまっているのだ。
「……菜奈さん。その近隣への挨拶回りって、実行委員会や顧問の先生に頼めないんですか?」
俺が思わず尋ねると、菜奈さんはペンを動かす手を一瞬だけ止め、困ったようにへらりと笑った。
「う~ん、先生たちも文化祭の準備で大忙しだしさ。実行委員の生徒たちに負担をかけるのも申し訳ないでしょう? 生徒会長の私がやった方が角が立たないしね」
「……」
自分が潰れるリスクを顧みず、周りに気を遣って仕事を抱え込む。
それが、彼女の『完璧な生徒会長』であり続けるためのやり方なのだろうか。
「菜奈、少し休んだら? 顔色が良くないよ」
霧島先輩が心配そうに声をかけるが、菜奈さんは「大丈夫、大丈夫! コーヒー飲んだら復活するから!」と明るく手を振ってみせる。
だが、デスクに置かれた缶コーヒーは、すでに三本目が空になっていた。
昨日、教室の前で見せた「ほんの僅かな言葉の遅れ」と「視線の揺らぎ」。単に全校生徒の前で気を張っていただけかと思っていたが、もしかして思った以上に疲れが溜まっているのだろうか……?
(……この人、おどけて『助けて』なんて言っているけど、本当に追い詰められた時は一人で抱え込むタイプなんじゃ……)
そんな胸の騒ぎを、俺はまだ確信と呼ぶには至らず、気のせいであってくれと心のどこかで願っていた。
ポンコツで、妹思いで、どこか残念な菜奈さん。
けれどその笑顔の陰に、拭いきれない不穏な影がちらついているような気がしてならなかった。
窓の外はすっかり暗くなり、下校時刻を知らせるチャイムが校内に寂しく響き渡っていた。




