幼馴染の嫉妬
生徒会室での怒涛のやり取りを終え、俺はぐったりと疲弊した体を引きずるようにして廊下へ出た。
文化祭の生徒会補佐。
聞こえは格好いいかもしれないが、要するにパシリ兼雑用係だ。おまけにあの菜奈さんのことだ、絶対に変な無茶振りを連発してくるに決まっている。
(……はぁ、霧島先輩の胃痛そうな顔に絆されたとはいえ、安請け合いしすぎたか)
深く溜め息をつき、静まり返った放課後の廊下を渡り廊下の方へと進む。
――と、その時だった。
「……ねえ、悠くん」
「……うおっ!?」
校舎の曲がり角の影から、ぬっと人影が現れた。
思わず素で声を上げて後ずさると、そこには両腕を組んでジト目を向けてくる彩花の姿があった。
「彩花……? なんでこんなところにいるんだ?」
「なんでって、悠くんが放送で呼ばれたから待ってたの! ……で、お姉ちゃんに何言われたの?」
彩花はふいっと横を向くと、少し早足で俺に近づいてきた。
そのまま両腕を組んだ姿勢のまま、じーっと俺の顔を凝視してくる。
「何言われたって……」
「なんとなく予想はつくけどね。どうせ文化祭のことでしょ? お姉ちゃん、生徒会で人手が足りないって家でもずっと騒いでたし……また悠くんを巻き込もうとしたんでしょ?」
「……正解。生徒会補佐として文化祭の裏方を手伝えってさ」
俺が呆れ顔で答えると、彩花はやっぱりねと言わんばかりに息を吐き――そこから一転して不満そうに一歩、距離を詰めてきた。
「……やっぱり。断らなかったの?」
「断れるわけないだろ。菜奈さんの押しに勝てるわけないし、何より霧島先輩の目が本気で限界そうだったんだよ」
「……それはそうかもだけど……でも、ずるい!」
「はい?」
「ずるい! 私、クラスで男子の実行委員が決まらないとき、本当は悠くに『手挙げて!』って目でいっぱい合図送ってたのに!」
彩花は頬をぷくっと膨らませて、本気で不服そうな声をあげた。
「悠くん、知らん顔してずっと下向いてたでしょ! 私がいっしょにやろってどれだけ視線送ってたと思ってんの! ……なのに、お姉ちゃんに頼まれたら引き受けるなんて」
「いや、知らん顔じゃなくて、俺が彩花と実行委員なんてやったらクラスの男子に刺されるから自重したんだよ。生徒会の方も断り切れずに流されただけだって……」
「言い訳禁止!」
彩花は俺の言葉をバッサリと遮ると、悔しそうに制服の裾をぎゅっと握りしめた。
「……私との約束より、お姉ちゃんの言うこと聞くんだ」
「約束って……文化祭で一緒に回る約束なら忘れてないぞ。シフトが決まったら合わせるって言ったろ」
「そうだけど……そうだけどさ!」
彩花は少し言葉に詰まると、恥ずかしそうに視線を泳がせながら、蚊の泣くような声で呟いた。
「……私だって、悠くんと一緒に放課後残って、文化祭の準備したかったもん。お姉ちゃんばっかり悠くんと放課後一緒に過ごすなんて……面白くない」
(……あー、なるほど。そういうことか)
要するに、彩花は嫉妬しているのだ。
自分ではなく、姉である菜奈さんと一緒に放課後を過ごすことになった俺に対して。
生徒会室で菜奈さんが「彩花に自慢されて悔しかった」と言っていたが、どうやら姉妹揃って似たようなところで対抗心を燃やしているらしい。
いつも強気に圧をかけてくる彩花だが、根っこにあるのは「悠くんと一緒にいたい」という素直な気持ちなのだろう。
そう理解した瞬間、なんだか妙に気まずくなって、俺は頭を掻いた。
「……あのさ、誤解してるみたいだけど、ずっと生徒会室に籠もってるわけじゃないぞ」
「……え? そうなの?」
「あぁ。霧島先輩からも『まずはクラスの作業を優先してほしい』って言われてる。生徒会の手伝いは、人手が足りない時間帯とか、全体の見回りくらいだ」
「……ほんと?」
途端に、彩花の表情にパッと光が戻る。現金なやつだ。
「あぁ。だから、クラスの喫茶店準備の時間は普通に彩花と一緒に作業できるはずだ」
「……! そ、それなら……まあ、今回だけは許してあげなくもない、けど」
さっきまでの不機嫌さはどこへやら、彩花は少し照れくさそうに咳払いをしてみせた。
「じゃあ! クラスの喫茶店の準備、悠くんも看板作りとか大道具の手伝いしてくれる?」
「俺は裏方作業が得意だからな。皿洗いと大道具なら任せろ」
「ふふ、決まりね! ……あ、でも!」
彩花はぴしっと人差し指を俺に突きつけてきた。
「お姉ちゃんと二人きりになっても、変なことしちゃダメだからね! お姉ちゃん、すぐ調子に乗るし悠くんのことからかうの好きだから……変に流されたら、私ほんとに怒るからね!」
「流されるわけないだろ。相手はあの菜奈さんだぞ……」
やれやれと首を振る俺を見て、彩花は満足そうに「よし!」と小さく頷いた。
「じゃあ明日からの準備、よろしくね、悠くん」
「……あぁ」
夕日に照らされる廊下で、嬉しそうに微笑む幼馴染。
嫉妬を隠そうともせずにぶつけてくる彩花の姿に、冷めかけた俺の心臓がまたしても小さく跳ね上がるのを感じた。
彩花との喫茶店準備、そして生徒会での裏方仕事。
陰キャの平和な日常とは程遠い、忙しない文化祭準備期間が、いよいよ本格的に始まろうとしていた。




