ホームルームと校内放送
彩花とのお出かけも終わり、日曜日を優雅に過ごしたものの、忌々しくもやってきた月曜日。
教室は、朝からどこか浮足立った空気に包まれていた。
「はい、それじゃあホームルームを始めるぞー。席につけー」
桜庭先生の適当な声と共に、生徒たちが席につく。
俺は教室の窓際列という陰キャにとっての定位置で、静かに息を潜めていた。土曜日は彩花とのお出かけで、我ながららしくないことをしてしまった感は否めないのだが、学校じゃ俺はただの影の薄い存在だ。俺はできる限り気配を消しながら、先生の発言の続きを待つ。
「今日の議題は、来月の『文化祭』の出し物と、クラスの文化祭実行委員男女各一名の選出だ。委員長、司会頼んだぞ」
担任の一言をきっかけに、ホームルームがスタートした。
「はーい! じゃあみんな、出し物の案を出してー!」
学級委員の元気な声に、クラスの陽キャグループが待ってましたと言わんばかりに声をあげる。
「お化け屋敷! ダンボール集めて暗くしようぜ!」
「えー、女子はお化け屋敷とか着替え大変だから嫌ー! 絶対コスプレ喫茶がいい!」
「喫茶店ならコンセプト決めようよ! メイド喫茶とか!」
「展示系で映えるフォトロケーションとかはどう?」
次々と意見が飛ぶ。陰キャの俺としては、準備が楽で当日の裏方に徹しやすい『展示系』一択だったのだが、声の大きい陽キャたちの意見に押し切られるのは世の常だ。
黒板にいくつか書かれた候補から、挙手による多数決が行われることになった。
「じゃあ……『お化け屋敷』の人ー?」
(ちらほら手が上がる)
「『展示系』の人ー?」
(俺を含め、数人の陰キャたちがひっそりと挙手するが、惨敗)
「じゃあ最後! 『喫茶店』がいい人ー!」
結果は明白だった。女子のほぼ全員と、それに乗っかる男子たちが挙手し、圧勝。
「はい!というわけで、我が1年5組の出し物は『喫茶店』に決定でーす!」
パチパチと歓声と拍手が上がる。
(はぁ……喫茶店か。接客とか絶対無理だし、俺は裏方で皿洗いか厨房の調理担当に回ろう……)
自分が目立たないポジションを獲得するための脳内シミュレーションを始めていると、議題は次の「実行委員決め」へと移った。
「次は実行委員男女一組ね。誰かやりたい人ー?」
シーン……と静まり返る教室。
出し物決めとは一転して、面倒な仕事が増える実行委員には誰も手を挙げない。
「えー、誰もいない? じゃあ立候補がないなら推薦か他薦——」
「はい! 私、女子の実行委員やります!」
なんと、すっと綺麗に手を挙げたのは彩花だった。
教室が一気にざわつく。
「え、柏村さんがやるの!?」
「まじか、学年一の美少女が実行委員ならテンション上がるわ!」
歓声が上がる中、彩花はちらりと隣を振り返り、俺とバッチリ目を合わせてきた。
(……嫌な予感がする)
「柏村さんありがとー! じゃあ男子の実行委員は? 柏村さんと一緒に仕事できるチャンスだよ?」
男子たちがソワソワしだし、「俺やろうかな」「いやお前じゃ無理だろ」などと牽制し合っている。
まさか彩花、俺を指名するつもりじゃないだろうな……と冷や汗を流していたのだが——さすがにクラスの目がある手前、彩花も直接俺を指名することはしなかったが、その目は口ほどに物語っていたように思う。うん、きっと気のせいだ。そうしよう。
結局、男子の実行委員はサッカー部の陽キャ男子・佐藤が「じゃあ俺やるわ!」と名乗りを上げ、あっさりと決定した。
(ふぅ……助かった。これで俺は平和な一般生徒として、影で皿洗いに没頭できる……)
晴れて実行委員を回避し、喫茶店でも裏方のポジションを確保したところで6限目のホームルームも終わり、帰宅しようとした、まさにその時だった。
『ピンポンパンポーン——』
スピーカーから、校内放送のチャイムが響き渡った。
『生徒会から連絡します。1年5組の翡翠悠くん。翡翠悠くん。至急、放課後に生徒会室まで来てください。繰り返します——』
凛とした、だがどこか絶妙な威圧感を孕んだ声。
生徒会長——柏村菜奈さんの声だった。
ピキリ、と教室内の空気が凍りつく。
「え……翡翠?」
「また生徒会長から直接指名呼び出しされてんの……?」
「毎度、あいつは何をやらかしているんだ?」
クラスメイトたちの痛いほどの視線が、一斉に俺へと突き刺さる。
隣の席では、彩花が眉間にシワを寄せて「お姉ちゃん……今度はなに考えてるの?」と言わんばかりの顔で固まっていた。
(おいおいおい……勘弁してくれよ……)
クラスメイトからの視線から逃げるように教室を抜け出し、重い足取りで生徒会室へ向かい扉を叩く。
「どうぞ」
「失礼します……」
ドアを開けると、そこには書類の山に囲まれた生徒会長・菜奈さんが待っていた。
「悠くん! お姉ちゃんを助けてぇ!!!!」
「……帰ってもいいですか?」
「こら、菜奈!! いきなりそんなのじゃ翡翠くんも意味が分からないでしょ……いつも通りだけど」
「あっ、霧島先輩もいらっしゃったんですね。こんにちは。あと、いつも通りなのでご安心ください」
「ふたりとも!? 本人を前にディスらないでよ!!」
菜奈さんは不満そうに口を尖らせながら、1枚の書類を俺の目の前に滑らせてきた。
「悠くんには生徒会の補佐として文化祭の運営を手伝ってもらいます!!」
「……はい?」
突如突きつけられた謎の役職に、俺は思わず間抜けな声を漏らした。
「今年の文化祭は例年以上に規模が大きくて、生徒会の人手が圧倒的に足りないの! 悠くんに手伝ってもらえたらお姉ちゃんすんごい助かるの!!」
「ちょっと待ってください。なんで俺なんです? 生徒会役員でもないただの一般生徒ですよ」
「翡翠くん、本当に申し訳ないのだけど……あなたにしか、頼めないことなの」
菜奈さんだけでなく副会長の霧島先輩まで深々と頭を下げてくる。それに俺にしか頼めないってどういうことなのだろうか?
やはり、何か理由があるらしい。完璧に見えるこの人に、俺のような陰キャの手を借りなければならない『何か』が。
「本来の菜奈を知っているあなたが近くで手伝ってくれるだけで、私がどれだけ助かるかと思うと……翡翠くんにしかお願いできなくて」
「引き受けます」
即答だった。目の前にいる霧島先輩の胃痛が伝わってくるようであまりに不憫に思えてしまい、考えるより先に返事をしてしまっていた。
「なんだか釈然としないんだけど、悠くんが手伝ってくれて本当に嬉しいよ!!」
「けど、あまり期待しないでくださいよ?」
「悠くんなら何でもできるよ! お姉ちゃんが保証します!! ……それに」
「それに?」
「この前また彩花と2人でお出かけしたでしょ!! 彩花にすごい自慢されてお姉ちゃん悔しかったんだから!! 文化祭期間は悠くんはお姉ちゃんのなんだからね!!」
どうやら菜奈さんが俺を文化祭の補佐に任命したのは、純粋な私怨も大いに含まれているようだった。
彩花と文化祭を回る約束、クラスでの喫茶店準備、そして生徒会での裏方仕事。
目立たず静かに過ごしたかった俺の高校生活は、どうやら思わぬ方向へと加速していくらしかった。




