人気のない場所
走り去っていく彩花を、俺はすぐに追いかけることができなかった。
どうして彩花があんなにも辛そうな顔をしていたのか、その時の俺には分からなかったからだ。
だが、その理由はすぐに判明した。俺の前にある掲示板には、中間テストの成績上位30名の名前と順位が張り出されていた。
「柏村彩花……2位か……」
2位でも十分に凄まじい実績なのだが、彩花はなぜだか分からないが「1位」を取る気しか無かった。いや……最近の彩花の鬼気迫る様子を見ていると、1位を取らなければならない切実な使命感があったのだろう。そのために、1ヶ月も前から朝早く来てテスト対策を重ねていたのだ。
「……さすがに、このまま放っておくわけにもいかないよな」
彩花が走っていった方向から考えて、すでに学校を飛び出していったのは間違いない。そうなると、広大な町の中から彩花を見つけ出すのは骨が折れる作業だ。
だとしても――それが追いかけない理由にはならない。
俺も彩花を追うべく校門をくぐろうとした時、校門の脇から声をかけられた。
「翡翠。どこに行く気だ? まだ登校してきたばかりだぞ?」
「桜庭先生……」
「まさか、帰るつもりか?」
「はい。体調不良なんで、今日は早退します」
「そんなに元気ハツラツな早退宣言があるか」
「うっ……」
「けどまぁ、体調不良なら仕方ないな。さっきも一人、体調不良だか何だか知らないが、猛スピードで駅の方向へ走っていった生徒もいたしな。あいつも今日は体調不良なんだろう」
「!? ……ありがとうございます」
「何の話だ? お前は体調不良なんだから、さっさと帰って大人しく寝ていろよ?」
「はい!」
俺は力強く頷くと、すぐに駅に向かって走り出した。
だが、中学時代に一度も運動部に所属せず帰宅部を貫いてきた俺に体力なんてあるはずもなく、駅にたどり着く頃には既に息が上がってヘトヘトであった。
当然だが、駅に着いたからといって彩花が見つかるわけではない。桜庭先生の情報からして駅の方に向かったのは確かだろうが、そこからどこへ移動したのかまでは分からない。
真っ直ぐ家に帰った可能性もあるが、どちらかと言うとそれは低い気がする。俺だったら、ショックを受けた直後にすぐ家へ帰るより、一人になれる場所へ逃げ込みたいと思うからだ。
(……一人になれる場所、か)
カラオケだろうか? 確かに個室で一人にはなれるが、制服を着ている時間帯だと店から学校へ連絡される恐れがある。それに、落ち込んでいる時にカラオケのような賑やかな場所へ行くとは思えない。そう考えると、屋内の商業施設という可能性は低いだろう。
あくまで俺の予想だが――一人になれる場所、そして『屋外』である可能性が高い。
人の少ない公園などだろうか? だが、この学校の駅周辺にはそういった公園が少ない。そうなると、彩花の地元……つまり俺の元地元の方が、隠れられるような場所は圧倒的に多い。
「考えてばかりいても仕方ないな」
どれだけ頭の中で推理しても、彩花が今どこにいるのかなんて確定できるわけがない。俺は腹を括って改札をくぐり、電車に飛び乗って元地元へと向かった。
俺の元地元は、都会というよりは田舎の部類に入る。
高層ビルなんてものはなく、田んぼや畑が今も残っているような場所だ。大きな建物がない代わりに、都会に比べれば公園の数は駅周辺だけでもそれなりにある。
俺は駅から近い公園を、一つずつしらみつぶしに見て回ることにした。
「……ここが最後の公園だったんだけどな」
駅周辺の公園をすべて回ったものの、彩花の姿はどこにもなかった。
彩花はすでに自宅へ帰ったのだろうか。あるいは、最初から電車にすら乗っていなかったのかもしれない。俺の勘だけで動いていたため、見当違いだった可能性も十分に考えられる。
(けど、他に屋外で人が来なさそうな場所なんて……)
路地裏なども含めれば候補はいくらでもあるが、まさかそんな場所にうずくまっているとは思えないという先入観があった。だが、公園以外で一人になれる屋外なんて――
「……あっ」
ひとつだけ、心当たりがあった。
公園以外で、人が少なくて、屋外の場所。
確証はなかったが、彩花がそこにいるという妙な確信が胸の中に芽生えた。俺は足早にその場所へと向かい、目を凝らしながら土手沿いを歩く。
すると――草の上に座り込み、膝に顔を埋めている一人の少女の姿が見えた。
「……さすがに、もう桜は散っちゃってるな」
「……悠くん」
顔を上げた彩花がいたのは――以前、二人でお花見をした、あの河川敷だった。




