お姉ちゃんの不安
ゴールデンウィークに突入して、早くも4日が経過していた。今日でちょうど折り返し地点である。
この4日間、俺は1日を除いて毎日昼過ぎに起き、楓とゲームに興じるという完璧な自堕落サイクルを送っていた。
その「1日を除いて」というのは、楓と母さんに半強制的にショッピングへ連れ回された日だ。もちろん俺は全力で抵抗したのだが、最終的には楓の泣き脅しに折れてしまった。……あれはずるい。反則である。
「ゴールデンウィークだからといって俺に遊びの誘いなんて来るはずもなく、このまま自堕落で穏やかな休日を送れる……」
そう思っていた時期が俺にもありました。
俺が今、暗い部屋で見つめているのは【新着メッセージがあります】と通知を光らせているスマートフォンだ。
「……さすがに無視はダメだよな」
溜め息をつきながらスマホを手に取り、メッセージの内容を確認する。
差出人は菜奈さんだった。この時点で、俺は今日家を出る覚悟を決めなければならないことを悟った。
そして、送られてきたメッセージがこれだ。
『悠くん! 今日時間ある?』
『あるけど……』
俺が返信すると、画面には一瞬で既読がついた。そして30秒にも満たない速度で返信が送られてくる。
『悠くに話があるの!』
『話?』
『うん! 15時に悠くん家からの最寄り駅でいい?』
『大丈夫だけど。楓も呼んだ方がいい?』
『ううん。今日は悠くんだけで大丈夫だよ』
『了解』
(……俺に話?)
一体何なのだろうか。菜奈さんのことだから「どこかに遊びに行こう!」といったノリだと思っていたのだが、どうやら俺の見当違いだったらしい。
起きてすぐにメッセージへ返信したのだが、時刻は既に13時前。15時集合となると意外と時間がないため、俺はダラダラとした部屋着から私服へと着替え、洗面所で洗顔と歯磨きを済ませた。
「おはようお兄ちゃん!」
「おはよう」
「お兄ちゃんが私服なんて珍しいね? お出掛けするの?」
「菜奈さんが話があるって」
「お話? なんの?」
「俺も分からん」
「ふ~ん。仕方ないから今日だけは、菜奈お姉ちゃんにお兄ちゃんを貸してあげよっかな」
「俺はお前の所有物じゃないからな?」
それから俺は、母さんが用意してくれていた朝食兼昼食を食べ、リビングのソファに寝そべってスマホを弄りながら時間を潰す。15時前になったところで、家を出ることにした。
「そんじゃ、行ってくる」
「うん! 行ってらっしゃいお兄ちゃん!」
楓に玄関まで見送られて家を出る。普段は俺が楓を送り出す側なので、見送られるというのはなんだか新鮮な気分だ。
我が家から最寄りの駅までは徒歩で数分の距離にある。駅に到着すると、菜奈さんは既に改札前で待っていた。
「お待たせ」
「悠くん! 別に待ってないから大丈夫だよ!」
「それで? 話があるんだよね?」
「うん……立ち話もなんだし、場所を変えよっか!」
菜奈さんはそう言うと、俺の手を引いて駅近くの喫茶店へと歩き出した。
(彩花も、楓も、菜奈さんも……なんでみんな、すぐ俺の手を引っ張るんだ?)
手を繋いでいないと迷子になるとでも思われているのだろうか。俺としては、公衆の面前で手を引かれるのは恥ずかしいのでやめてほしいのだが。
喫茶店に入り、俺はアイスコーヒーを、菜奈さんはアイスティーを注文した。
「何だかこうしてると、デートみたいだね!」
「楓が言うには『男と女が出かけたらそれは全部デート』らしいよ」
「それなら悠くんとお姉ちゃんは、今まさにデートしているわけだね!」
「菜奈さ……菜奈お姉ちゃんとだと、デートって感じはしないけどね」
危ない危ない。
前に行ったカラオケでの勝負で、俺は菜奈さんのことを「菜奈お姉ちゃん」と呼ぶことを強制されていたのだ。本人のいない場所では「菜奈さん」と言っているが、本人の前で「菜奈お姉ちゃん」と呼ばないと無視されてしまう。
俺が呼び直すたび、菜奈さんは嬉しそうにニヤニヤとしている。
そこへ注文していたドリンクが運ばれてきたので、俺は本題に入ることにした。
「それで? 話ってなになの?」
「うん……彩花のことなんだけど……」
「彩花?」
「うん……」
俺が切り出すと、菜奈さんはさっきまでのニヤニヤ顔が嘘のように、不安気で深刻な表情に変わった。もしかすると、かなり重い内容なのかもしれない。
「最近、お姉ちゃんに冷たいの……」
「……は?」
「ゴールデンウィークに入る1週間くらい前から、彩花がお姉ちゃんに冷たいの! 家にいる時もずっと部屋に引きこもっちゃって……!」
「菜奈お姉ちゃんが何かしたんじゃないの?」
「してないよ!」
どれほど深刻な事件かと身構えていたのだが、要するに「彩花の様子が最近おかしい」「家にいるときに構ってもらえなくなった」ということらしい。
(……単純に呆れられたんじゃないだろうか?)
普段の菜奈さんの暴走ぶりを見ていると、そう推測してしまう俺を許してほしい。
「もしかしてお姉ちゃん……彩花に嫌われちゃったのかな……?」
「それ、本気で言ってるの?」
「言ってないけど……! でも! でもぉ!」
「はぁ……俺からもそれとなく聞いてみるよ」
「本当!? 約束だよ!?」
「うん」
俺がそう請け負うと、菜奈さんもようやく少し落ち着きを取り戻したようだった。
だが相当落ち込んでいたのは事実らしく、俺がひたすら励まし続けて立ち直らせる頃には、外はすっかり薄暗くなっていた。
(落ち込んでいる菜奈さんは、完全に手のかかる幼稚園児のようだったと言えば、俺の苦労も少しは分かってもらえるだろうか……)
「今日はありがとうね、悠くん!」
「うん」
「それじゃあ、またね!」
大きく手を振りながら駅へと向かっていく菜奈さんの後ろ姿を見送り、俺もまた溜め息をつきながら我が家へと帰るのだった。




