幼馴染の違和感
「……違和感がある」
朝、登校して教室のドアを開けた瞬間に俺が感じたことだった。
一見すると、普段と何も変わらないいつも通りの教室風景だ。だが、なんとなく拭えない違和感を覚えながら自分の席へと向かう頃には、その違和感の正体がハッキリとしていた。
原因は、彩花にあった。
「珍しいな」
「え? あっ、おはよう悠くん」
「おはよう。宿題でもやり忘れてたのか?」
「え? あぁ、うん。うっかりしちゃってさ」
そう言って彩花は、机の上に広げていた教材とノートを両手で覆うように隠した。
俺が違和感を覚えた理由は簡単だ。朝から彩花が一人で机に向かって勉強していたからである。
別に彩花が勉強していること自体を貶したいわけではない。普段なら俺が朝教室に入った時間帯、彩花の周りにはいつも友人グループが集まっていて、楽しそうにお喋りをしているのだ。
だが今日に限っては、彩花はぽつんと一人だった。俺はなぜだか、それが猛烈に不自然に思えたのだった。
「彩花にも、宿題を忘れるなんてことあるんだな」
「そりゃ私にだってあるよ。悠くんは私をなんだと思ってるの?」
「んー……優等生?」
「ふーん。悠くんは、私のことそんな風に思ってたんだ」
そう言って彩花がニヤニヤと意地悪そうにこちらを見てくるので、なんとなく居心地が悪くなった俺は視線を逸らして席に着いた。
俺が着席するとほぼ同時に桜庭先生が教室に入ってきて、朝のホームルームが始まった。
授業が始まってからの彩花は真面目にノートを取り、休み時間にはいつも通り友人達と楽しそうに過ごしていたので、本当に宿題をうっかりやり忘れただけだったのだろう。
俺は先日見つけた駐輪場のベストプレイスで静かな昼休みを過ごし、午後の授業もこなして今日という1日を終えた。
――そして、翌日。
(ん……? 今日も宿題をやり忘れたのか?)
教室に入ると、彩花は今日も一人で机に向かって勉強していた。2日連続とは珍しいこともあるものだ。まあ、そんな日もあるのだろう。
俺が自分の席に腰を下ろすと、彩花は慌てたように勉強道具を片付け始めた。
(……俺に見られないように隠してるのか?)
隠しているつもりなら、変に突っ込まない方がいいだろう。触らぬ神に祟りなしである。
「おはよう、悠くん」
「おはよう」
「やっと金曜日だね」
「だな。明日が土曜日ってだけで、今日は乗り切れる」
「ふふ。でも、もうすぐゴールデンウィークもあるよ?」
「あっ……忘れてた」
「ゴールデンウィークを忘れる学生なんて、悠くんくらいだよ!」
そういえば、もうそんな時期か。
だが、ゴールデンウィークと言ったところで俺の過ごし方は普段の土日と何一つ変わらない。毎日昼過ぎに起き、そこからは本を読むかスマホを弄るか、楓と一緒にゲームをして過ごすだけだ。
「ゴールデンウィークだからどこかへ出かけよう」という発想は、俺には1ミリも存在しない。というか、大型連休だからこそ家から出たくないのだ。
理由は極めて単純、どこへ行っても人が多すぎる。学校生活でさえ人と関わる頻度を最小限に抑えている俺にとって、人が群がる場所など大の苦手以外の何物でもない。
「悠くんはゴールデンウィーク、何か予定とかないの?」
「全くない」
「私も今のところは、何もないんだ」
「意外だな」
「そう?」
「あぁ。彩花って友達多そうだしな」
「まぁ……悠くんよりはね?」
「間違いない」
(……なんだか、誤魔化されたか?)
気のせいかもしれないが、上手く話題を逸らされたような違和感が残った。
それに普段の彩花なら「予定ないならどこか行こうよ」と誘ってきそうなものなのだが……そう考えるのは俺の自惚れだろうか。
そんな思考を巡らせていると桜庭先生がやってきて、朝のホームルームが始まった。
その後、金曜日の授業もすべて消化し、俺は念願の休日を迎えた。俺にとって休日のカウントダウンは、金曜日の放課後の瞬間にスタートしているのだ。
平日とは違い、休日というのは呆気ないほど一瞬で過ぎ去ってしまう。
「土日だけは1日24時間ではなく、12時間くらいしかないんじゃないだろうか?」と本気で疑ってしまうほど、2日間は瞬く間に過去のものとなった。
そして訪れた月曜日。鬱屈とした気分で教室に入ると――彩花は今日も今日とて、一人で真剣に机に向かっていた。
それからゴールデンウィークが始まるまでの間、彩花は毎日欠かすことなく、朝早くから一人で机に向かい続けていたのだった。




