ベストプレイスと兄離れ
やっと見つけた……3日も掛かってしまった……。
俺はこの場所を探して学校内を歩き回っていたのだ。だが、それこそが俺の過ちだった。
『押してもダメなら引いてみろ』ならぬ、『内がダメなら外を見ろ』と言ったところだろうか。
……まるで人間社会の縮図のような話である。「皆がそれでいいと言っているから」という理由だけで流される視野の狭い考え方。他の可能性を考えるどころか、見ようとさえしない。それが大きな間違いであることにも気づかずに。
――なんて壮大な前置きを言ってみたものの、俺が探していたのは単に「静かに昼休みを過ごせる場所」である。
席替えをしてからというもの、俺の隣が彩花になったこともあり、お昼休みは彩花とその友人グループが俺の席の周りに集まってお弁当を食べるようになってしまった。
当然、俺としては居心地が悪くてたまらない。そのため教室を脱出し、静かに過ごせる隠れ家を探していたのだ。
そしてようやく見つけた俺のオアシスは、体育館裏の駐輪場にあった。しかも幸運なことに、そこにはなぜかポツンとベンチが2つ設置されていたのだ。
「ここなら、さすがに誰も来ない……よな?」
この駐輪場と教室のある本校舎は、少し離れた位置にある。わざわざ昼休みに教室から自転車を見に来る生徒なんていないだろう。
強いて言うなら遅刻してきた生徒が通るかもしれないが、そんな偶然もめったに起こらないはずだ。
「まさにベストプレイスだな」
俺は購買で買ってきたパンを袋から取り出し、ベンチに腰掛けて食べ始める。
今日からしばらく母さんは仕事が忙しいらしく、お弁当は用意できないとのことだった。普段より少し早めに家を出て買ってきたパンをパパッと食べ終えても昼休みはまだ20分以上残っていたので、俺はポケットからスマホを取り出して優雅に暇をつぶす。
しばらくスマホを操作していると、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。
本校舎までは少し距離があるので、急がないと授業に遅れてしまいそうだ。明日からは予鈴の鳴る少し前に移動を開始した方が良さそうである。
「悠くん、どこに行ってたの?」
「ん? 食堂だ。母さんの仕事が忙しいらしくて、今日は弁当がなかったから」
「そうなんだ。大変そうだね」
「大変なのは母さんだけどな」
こう言っておけば、周りからも不自然に思われることはない。完璧な迷彩である。
午後の授業も無事に受け終え、帰りのホームルームが始まると、桜庭先生が俺もすっかり忘れていた『ヤツ』の存在を口にした。
入学してから2週間と少ししか経っていないというのに、ヤツは意外なほどすぐ近くまで迫っていたのだ。
「今日からちょうど1ヶ月後には中間テストがあるから、少しずつでも勉強しておくように」
「「「「「えー」」」」」
「そう言うな。高校1年生の最初のテストだ。どの授業も基礎的なことしかしていないから難易度は低いだろう。だからといって油断して痛い目を見ないようにな」
そう……中間テストである。
確かに桜庭先生の言う通り、高校生になって最初のテストなので内容自体は簡単なのだろう。だが、その分だけ平均点も跳ね上がる。
俺たちが通う明宝高校は『平均点の半分以下』が赤点となるシステムだ。油断して何も勉強しないでいると、あっさりと赤点を取ってしまう恐れも十分にある。
とはいえ、まだ1ヶ月もあるのだ。今から焦らなくても赤点を回避するだけなら余裕で間に合うだろう。
「中間テスト……」
「どうかしたか?」
「!? ううん、なんでもないよ!」
隣を見てみると、彩花がやたらと深刻そうな顔をしていたので気になって声をかけてみたのだが、「何でもない」と誤魔化されてしまった。
もしかして彩花って、実はあんまり頭が良くなかったりするのだろうか? 小学生の頃は頭が良いイメージが強かったのだが……。
中間テストが1ヶ月後にあるということ以外は特に何もなく、ホームルームも終わったので俺は真っ直ぐ自宅へと帰宅した。
「ただいま」
「おかえり、お兄ちゃん!」
家に帰ると、やたらとテンションの高い楓が既に帰宅していた。
楓がここまでハイテンションなのには理由がある。
しばらく母さんの仕事が忙しいためお弁当はなく、今日の夕飯も「遅くなるから作れない」とのことだった。そのため俺と楓は「2人で外でご飯を食べておいで」と、母さんから夕食代を預かっていたのだ。
「お兄ちゃん! どこに行く!?」
「どこでもいいぞ」
「うーん……」
楓は腕を組んで考え込んでいたが、すぐにぱっと顔を上げた。
「楓もお兄ちゃんと一緒なら、どこでもいいよ!」
「それなら、家でカップ麺にするか」
「それはダメ!」
「どこでもいい」と言った直後に拒否された。
家でカップ麺を食べれば外出する手間も省けるし、母さんから貰った夕飯代をお小遣いに回せる。一石二鳥ではないか。
「それじゃ、お兄ちゃんとデートに行けないじゃん!」
「デートってお前……何を言ってるんだ?」
「男と女が2人で出かけたら、それは全部デートなんだよお兄ちゃん!」
「兄妹は違うだろ」
「違わないの! デートって言ったらデートなの!」
「はいはい……」
「お前の妹は何を言っているんだ?」とお思いだろう。俺も心からそう思う。
けれど、ここで真っ当な正論をぶつけたところで楓は絶対に認めないので、反論するだけ時間の無駄なのだ。
お互いに「どうしてもこれが食べたい」という希望もなかったので、俺と楓は近所にある大型ショッピングモールのフードコートへ行くことにした。
一度帰宅したので私服姿の俺たちだったが、モール内には俺の通う高校の制服を着た生徒たちもチラホラと見受けられた。
「なぁ、楓」
「なに?」
「楓はお兄ちゃんと一緒にいるところを見られたりして、恥ずかしくないのか?」
「え? なんで?」
「中学生にもなると、兄貴と2人で歩いてるところを学校の奴に見られたら恥ずかしかったりするもんじゃないのか?」
「?」
楓は「何を言っているんだこの人は」と言わんばかりの顔でこちらを見つめてくる。
……この妹に、兄離れする日は本当に来るのだろうか?
離れられたら離れられたで寂しくもなるのだろうが、ずっとこのままというのも兄としては不安でしかない。楓も彼氏ができたりしたら変わるのだろうか?
「楓って、学校で告白されたりしたことあるのか?」
「あるけど……急にどうしたのお兄ちゃん?」
「それじゃ、彼氏とかいるのか?」
「いないよ。全部断っちゃったもん。楓はお兄ちゃんがいればいいしね!」
そう言って、楓は嬉しそうに俺の腕へ抱きついてくる。
さすがにショッピングモール内でこれはマズいので、即座に腕を引き抜くと、楓は不満そうにほっぺたを膨らませた。
その仕草を見て、俺の将来への不安がより一層深まったのは言うまでもない。
(……楓に告白してくれた男子諸君、本当に申し訳ない)
それから俺はラーメンを、楓はオムライスをフードコートで食べ、食後に軽くモール内を散策してから家へと帰った。
終始ご機嫌だった楓の笑顔を見るに――楓の「兄離れ」への道のりは、まだまだ遠そうであった。




