席替えと嫉妬
カラオケに行った翌日からは、平和そのものだった。
クラスメイト達からの刺さるような視線も日が経つにつれて減っていき、1週間が経過した今ではすっかり無くなっていた。
俺は本来望んでいた、地味で平凡な日々を謳歌していた。
――そして今日は、待ちに待った席替えの日である。
これで地獄の1番前の席から解放される。俺がこの席替えにかける思いは、他のどの生徒よりも人一倍強いものがあった。
「いないとは思うが一応聞いておく。最前列の席を希望するやつはいるか? 希望者がいるなら優先して1番前に配置するぞー」
桜庭先生が生徒達に問いかけるも、クラス中が一斉に先生から視線を逸らした。
それもそうだろう。「目が悪くて黒板が見えない」といった切実な理由でもない限り、好き好んで最前列を希望する生徒など極めて稀だ。
『灯台下暗しで、一番前の席は意外と目立たない』なんて都市伝説は嘘っぱちである。その証拠に、一番前の席で授業中に寝ていて「アイツすげえな」と評価されるのは、単に「一番目立つ場所でよくやるよ」という意味に他ならないのだから。
「いないな。だったら1人ずつ前に来て、先生特製のくじを引いてくれ。これで恨みっこなしだぞ」
そう言って桜庭先生は、くじが入っているであろう箱を教卓の上に置いた。
ただ、その箱には先生の手作り感が溢れていた。ご丁寧にアニメキャラクターのプリントがペタペタと貼り付けられている。こんな些細なイベント事にまで自分の趣味を布教しようとする先生の熱意を、ひしひしと感じる。
席替えのくじは出席番号順に引いていく。
俺の出席番号は30番なので、俺が引く頃には箱の中に10枚ほどしかくじが残っていない。なんだか損をした気分になってしまうが、確率的にはいつ引いても同じなのだ。それでも損をしている気がしてしまうのは、人間の性の不可避な部分だろう。
「いやぁ、これで悠ともしばしの別れか」
「だな」
「まっ、定期的に喋りに行ってやるから寂しがるなよ」
「それだと何の別れでもなくないか?」
「はは、確かに」
今回の席替えでも、智也と近い席になることはなかった。
俺の席は窓側・中央付近。そして智也は……まさかの『席移動なし』だった。廊下側の智也とは、位置的にちょうど正反対のポジションだ。
俺達は先生の指示に従い、各々の新しい席へと机を運んで移動する。個人的に今回の席替えの結果は、なかなかの当たりだった。可もなく不可もないポジション。つまり『地味』。最高である。
「あれ?」
「ん?」
「悠くんの席、そこなの?」
「あぁ」
「嘘!? お隣同士だね!」
「マジか」
俺の隣の席は、彩花だった。
智也の次は彩花の隣になるとは……運がいいのか悪いのか。
彩花の隣になれること自体はもちろん嫌ではないのだが、彩花は可愛い。それもこのクラス内にとどまらず、入学して2週間が経った今では学年中に名が知れ渡っているほどの美少女だ。
要するに何が言いたいかというと――男子達からの視線が痛すぎる。
俺は『彩花の幼馴染』というだけで嫉妬の対象だったというのに、隣の席にまでなったとなれば、男子達からは血の涙を流さんばかりの眼光を注がれる。
『熱い視線』と表現すれば聞こえは良いかもしれないが、完全に気のせいだ。同性からの嫉妬の視線なんて、鬱陶しい以外の何物でもなかった。
「まさか悠くんのお隣さんになれるなんてね!」
「よろしくな」
「うん! 帰ったらお姉ちゃんに自慢しちゃおうかな!」
「えっ……」
「ふふ、冗談だよ。お姉ちゃんに言ったら、また大変なことになりそうだしね」
「間違いなくこのクラスに乗り込んで来そうだしな……」
「さすがにお姉ちゃんも……いや、絶対来ちゃうね……」
彩花としても、菜奈さんが教室に乱入してくるのは勘弁願いたいらしい。
俺だって身内が教室に怒鳴り込んできたりしたら、恥ずかしすぎて学校に通えなくなる。幸いと言うべきか、楓の場合は学校で『おとなしい優等生』を演じているらしく、中学時代に教室へ押し掛けてくるような真似はなかった。
菜奈さんも俺達の前以外では優等生を演じているらしいが、正直言ってまったく信じられない。
「まぁ、何はともあれよろしくね!」
「だな」
彩花と隣になったことで、今日1日男子生徒からの刺さるような視線を浴び続けたこと以外は問題なかった……と言いたいところだったのだが。
昼休みにお弁当を食べようとすると、彩花の友人グループがぞろぞろと彩花の席の周りに集まって机を囲むため、俺の肩身が狭すぎた。
(……昼休みに一人でゆっくり弁当を食べられるベストプレイスを一刻も早く探さなければならない)
俺は心の中で、固くそう誓うのだった。




