ひとつの命令
俺達は受付で指定された部屋へと入る。
「さぁ、今からみんなでノリノリで歌おう!」なんて展開に俺達がなるわけもなく、部屋に入るなり早々に問題となったのは『誰がどこに座るのか』ということであった。
「お姉ちゃんは、久しぶりに楓ちゃんと悠くんの間に挟まれたい!」
「楓はお兄ちゃんの隣がいい!」
「俺はどこでも」
「私は楓ちゃんのお隣がいい!」
お分かりいただけただろうか。
楓は俺の隣を希望し、菜奈さんは俺と楓の間を希望した。そう……空間を捻じ曲げでもしない限り、全員の意見を一致させることなど不可能なのだ。
座る場所なんてどこでもいいだろうと思っているのはこの場において俺だけのようで、誰がどこに座るかが決まらず、俺達は部屋に入ったものの着席すらできずに立ったまま固まっていた。
「あっ、いいこと思いついた!」
「いいこと?」
「うん! まず奥側に私が座るでしょ? その横に悠くんが座って、その上に楓ちゃんが座る。それで、その横に彩花が座ればいいんだよ!」
「お兄ちゃんの膝の上に座っていいの!?」
「いいわけないだろ。却下だ」
「「えー」」
確かにそれならほぼ全ての問題は解決されるだろう。ほぼ、というのは楓が俺の横ではなく『上』に座るからだ。楓的にはそっちの方が嬉しそうではあったが、もちろん即座に却下である。理由は単純、俺の物理的体力が死ぬ。
結局、楓には「家に帰ってから一緒にゲームをしよう」ということで妥協してもらい、奥から【俺・菜奈さん・楓・彩花】という順番で座ることに決まった。
「それじゃあ歌おう! って言いたいところなんだけどぉ」
「「「けど?」」」
「ただ歌うだけってのもアレだし、ゲームをしましょう! ルールは簡単。今日のカラオケで最高得点が1位の人は、4位の人に何でもひとつ命令できる!」
「何でもひとつ……」
「お兄ちゃんに命令できる……!」
「なぁ楓。どうして俺が4位になる前提なんだ?」
俺はカラオケに来たことこそないが、別に音痴だとかそういったことはない。その証拠として、中学時代の音楽の成績はずっと5段階評価で『4』だった。合唱の練習の時でも極端に音痴なやつは目立っていたが、俺は特に目立つこともなく周りに合わせて普通に歌えていたのだから問題ないはずだ。
一番奥に座っているという理由で、俺から順番に歌っていくことになった。
俺は最近流行っている若手バンドの曲を選択する。結果、得点は84点だった。なかなかの高得点ではないだろうか。学校のテストなんかで考えると悪くない数値に見える。
「次は菜奈さんだな」
「ふふん。悠くんには悪いけど、本気で勝たせてもらうからね!」
菜奈さんの選んだ曲は、俺には曲名すらサッパリ分からなかった。なんせ曲名がすべて英語なのだ。曲名だけでなく歌詞もすべて英語だったので、どうやら洋楽らしい。
普段は洋楽など全く聴かない俺だったが、サビの部分だけは聞き覚えがあった。恐らく何かのCMのテーマソングなのだろう。
画面に映る歌詞がすべて英語であるにもかかわらず、菜奈さんはスラスラと歌い上げていた。それだけでも驚愕なのに、歌自体も恐ろしく上手かった。普段のポンコツな菜奈さんからは考えられないような光景である。
……菜奈さんの点数は96点だった。
「嘘だろ……」
「菜奈お姉ちゃんすごい!」
「ふふん。お姉ちゃんはすごいでしょ?」
「お姉ちゃん本気出しすぎだよ!」
次は楓の番だった。楓は最近流行っているアイドルの曲を選択した。
楓は歌うだけでなく振り付けまで完ぺきに覚えていたらしく、可愛らしく歌って踊っている。その様子を見て菜奈さんも彩花も手拍子を叩いてノリノリだ。そんな楓の点数は91点だった。
「楓ちゃん可愛すぎるよ!」
「ほんとに! もう私もメロメロだよ!」
「えへへ」
楓も照れくさそうにしているが、満更でもなさそうだ。楓は菜奈さんと彩花に代わる代わる撫で回され、抱きしめられ続けていたが、やがて満足したのか2人はようやく楓から離れた。
次は彩花の番だった。彩花は最近ネットで流行しているソロアーティストの曲を入れた。
彩花もさすが菜奈さんの妹なだけあってかなり上手い。特にこの楽曲の難しい高音部分を軽々と歌い上げられると、鳥肌が立つほどだった。得点は93点。
それからも俺達は歌い続けたが、誰も菜奈さんの96点を超えることはできず、そして俺は誰の点数を越えることもできなかった。
「ではでは! 最下位の悠くんには、お姉ちゃんの命令を聞いてもらおうか!」
「……お手柔らかにお願いします」
「そうだなぁ。どうしようかなぁ」
菜奈さんはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて俺を見てくる。もう嫌な予感しかしない。
「それじゃあ……悠くんにはこれからずっと、私のことを『菜奈お姉ちゃん』と呼んでもらいます!」
「……え? そんなこと?」
「『そんなこと』じゃないよ! お姉ちゃんからしたら、とってもとっても大事なことなんだから!」
「それなら……まあ……」
「じゃあ、早速呼んでみて!」
「……菜奈お姉ちゃん」
「やっぱり可愛いーーっ!!」
『それなら』と一瞬思ったものの、やはりこの歳になって「お姉ちゃん」と呼ぶのは猛烈に恥ずかしいものがある。菜奈さんは今にも俺に抱きつこうと突進してきたが、間一髪で彩花に首根っこを掴まれて止められていた。
カラオケ店を出ると外はすっかり暗くなっていたため、今日のところはここで解散となった。
「またね2人とも! 今日は楽しかったよ!」
「また4人で遊ぼうね!」
そう言って彩花と菜奈さんは駅の方へと向かって歩いて行った。それを見送ってから、俺と楓も家へと帰路につく。
「今日は楽しかったね、お兄ちゃん!」
「そうだな」
「2人とも、すっごく美人さんになってた!」
「俺もびっくりだよ」
「お兄ちゃんのお嫁さんには、どっちが来るのかな!?」
「バカなこと言ってないで、さっさと帰るぞ」
「バカなことじゃないもん!」
そう言いながら楓が俺の手をギュッと握ってきた。一応抵抗はしてみたものの、一切離してくれる気がないようだったので、諦めてそのまま手を繋いで家へと帰ることにする。
俺の内心では「知人に見られたらどうしよう」とヒヤヒヤしっぱなしだったことは、言うまでもないだろう。




