第8話 ごみはどこへ消えた
翌日、エレノアの閲覧許可で持ち出された処理台帳を、慎吾たちは回収班の詰所で広げていた。
前日の通報件数、商業区の排出申告、魔物素材市場の取引量。厳密な単位は違っても、王都八十万人が出す量に対して施設が足りないことだけは明白だった。
「リオラさん。表に出てる処理施設で、一日にどれくらい扱える?」
慎吾の問いに、リオラは真顔のまま、少しだけ声のトーンを落とした。
「表向き稼働しているのは、中央区の第一浄化炉から第三浄化炉までです。ですが……私の知る限り、すべてを限界まで稼働させても、一日に処理できるのは王都全体から出る廃棄物の三割にも満たないはずです」
「おいおい、それじゃあ計算が合わねえぞ」
ダントが目を丸くする。
「残りの七割のごみはどこへ行ってるんだ? 王都がごみの山に埋もれてないってことは、どこかで処理されてるってことだろう?」
「帳簿の上では」
リオラは静かに、だがはっきりとした声で言った。
「高位神官たちによる『大浄化魔法』によって、完全に消滅したことになっています」
「完全消滅だと?」
ルチアが怪訝な顔で腕を組んだ。
「私も冒険者として魔法には精通しているつもりだが、物質を跡形もなく消し去る魔法など聞いたことがない。炎の魔法で燃やせば灰が残るし、風で吹き飛ばしてもどこかに落ちるだけだ」
「ええ。その通りです」
リオラが深く頷く。
「魔物死骸や薬品の混ざった廃棄物を完全に無にする魔法など、古代の神話にしか存在しません。処理をすれば、必ず灰や毒素、呪核といった『最終残渣』が残ります。……私が浄化院を追われ、地方へ左遷されたのも、その帳簿の不自然さと処理量の不一致を報告したからです」
「なるほどな」
慎吾は足元を見下ろした。
ごみは消えてなどいない。魔法という便利な言葉を隠れ蓑にして、誰かが、見えない場所へ大量の廃棄物を『隠している』だけだ。
工房の未回収記録と台帳の数字を突き合わせても、消滅扱いになった量は埋まらない。
「俺たちの日常の回収仕事が、国ぐるみの数字につながっちまったらしい。……ダントさん、浄化院の夜間便を見張れる場所はあるか?」
「北区の小高い丘の上だ。まさか、行く気か?」
「ああ。少し夜更かしすることになるが、付き合ってくれるか?」
慎吾の言葉に、仲間たちは誰一人として反対しなかった。
深夜。王都が深い眠りにつく頃。
ダントの案内で、四人は浄化院本部の裏手にあたる暗い路地に潜んでいた。
高い石壁に囲まれた敷地の一部に、ひっそりとした搬入用の裏門がある。
「昔は資材の搬入に使われていた門だが、最近は夜中になると、得体の知れない馬車が出入りしてるって噂でな」
ダントが小声で囁く。
しばらくすると、闇夜に紛れるように、巨大な黒い影が近づいてきた。
「……来たぞ。三台だ」
夜目が利くルチアが鋭く目を細める。
現れたのは、車輪に布を巻いて走行音を消した、異様に巨大な装甲馬車だった。御者台には浄化院の兵士が座っている。荷台は分厚い幌で覆われているが、風下で息を潜める四人の鼻には、幌の隙間から漏れ出す強烈な腐敗臭と薬品の匂いがはっきりと届いていた。
間違いなく、王都中から集められた未処理の廃棄物だ。
裏門の扉が静かに開き、三台の馬車は浄化院の敷地内へと滑り込んでいく。
慎吾たちは壁の隙間から、その行き先を注視した。
馬車は、煙を上げているはずの浄化炉の建物へは向かわなかった。敷地の奥、窓が一つもない古い石造りの塔。その下部にある巨大な鉄扉が開かれ、馬車は次々とその暗闇の中へ飲み込まれていった。
「おいおい、あんな塔の1階に、あんなデカい馬車が三台も入るスペースがあるのか?」
ダントが呆れたように呟く。
最後の馬車が入ると、鉄扉は重々しい音を立てて閉ざされた。
十分、三十分、一時間。
どれだけ待っても、塔の中から空になった馬車が出てくる気配はない。
「出てこないな。まさか、あの中で馬車ごと消えちまったとでも言うのか?」
「いや」
慎吾は目を細めた。塔の床は周囲より低く、馬車が入るたび、石壁の下から湿った風が吐き出されている。
「あそこはガレージじゃない。下へ降りてる。馬車の重さを丸ごと受ける昇降床か、地下道だ」
荷を捨てたのなら空車が戻るはずだ。戻らないなら、別の出口か、馬車ごと運ぶ設備がある。
王都のごみは消えていない。帳簿と人目の届かない場所へ、移されている。




