第7話 王都初の魔物回収班
王都の朝。回収班の仮詰所には、悪臭や死骸を訴える通報札が次々と積まれていた。
火竜の爆発騒ぎや、貧民街での毒水事件は解決した。だが、それは氷山の一角に過ぎない。王都のあちこちの路地裏や下水溝には、冒険者が魔石だけを抜いて放置した小型魔物の死骸や、錬金工房の廃棄物が手付かずのまま放置されているのだ。
本来それを片づけるべき『王国浄化院』の回収馬車は、なぜか一向に姿を見せない。
「よし。王都初の臨時『魔物死骸回収班』、記念すべき初仕事だ。気合い入れていくぞ」
慎吾は集まった顔ぶれを見渡した。
銀灰色の髪を揺らす『腐敗封じ』の魔術師、リオラ。
大きな四輪荷車の前で腕組みをして笑う元荷運び、ダント。
そして、なぜか完全武装で立っている王国最高位の冒険者、《竜殺しの聖槍》ルチア。
「なんであんたがここにいるんだよ、ルチア」
「私の獲物が二度も迷惑をかけたからな。護衛と力仕事なら手伝おう。それに、冒険者たるもの民の平穏を守らねばならん!」
胸を張るルチアに、慎吾はため息をついた。
「まあいい。だが、現場じゃ俺の指示に絶対に従えよ。……『巡回最適化』」
慎吾が能力を発動すると、事前に書き込んだ回収地点と、ダントから聞いた通行止めや坂道の情報が一本の経路に結ばれた。能力が扱えるのは、あくまで与えられた情報の範囲だ。
「よし、ルートが出た。今日は第十三区画から時計回りに攻める。日没までに十七か所、一気に片づけるぞ!」
作業は驚くほどの早さで進んだ。
路地裏に放置されたゴブリンの残骸を見つければ、リオラが腐敗を止め、慎吾が『超圧縮』でソフトボール大に丸め、それをダントが荷車に積んでいく。
「私が運ぼう! これしきの重さ、片手で十分だ!」
張り切ったルチアが、未圧縮の腐ったオオカミの死骸が詰まった麻袋を力任せに持ち上げた。
ビリッ!
「あ」
劣化した麻袋の底が抜け、どろどろとした内容物が石畳にぶちまけられそうになる。
「馬鹿野郎、下から両手で掬うように持てって言っただろ!」
慎吾が怒鳴るより早く、ダントが荷車の受け板を袋の下へ滑り込ませた。漏れた腐肉は板の上へ落ち、石畳へ広がる前にリオラが腐敗の進行を止める。
「ルチア殿。筋肉ではなく、重心と物理法則を使ってください。それから、袋の劣化状態を事前に確認するのも仕事のうちです」
リオラの真顔のダメ出しに、ルチアはシュンと肩を落とした。
「す、すまん……。槍を突くようにはいかんな。次は気をつける」
素直に反省してこぼれた魔力を拾い集める王国最高位の冒険者を見て、ダントがガハハと笑った。
「おいおいあんちゃん、最高戦力のお嬢ちゃんを泣かすなよ。それより、この荷車は圧縮した肉塊ならあと一トンは積めるぜ」
「頼もしいねえ。でもダントさん、あまり張り切って腰を痛めるなよ。俺たち、もう無理が利く歳じゃないんだから」
「へっ、まだまだ若いもんには負けんさ。荷運びのコツってやつを教えてやるよ」
中年男二人の乾いた笑い声が路地に響く。
悲惨なはずの死骸処理現場は、それぞれの専門性が噛み合うことで、驚くほど手際よく、かつ明るい雰囲気で進んでいった。
夕暮れ時。
予定通り十七か所の回収を終え、広場の噴水前で四人は木箱に腰掛けていた。慎吾は疲労で肩で息をしているが、その顔には確かな充実感があった。
「ほらよ、あんちゃん。冷たい水だ」
「サンキュー、ダントさん。……ん?」
慎吾が水を受け取ろうとした時、数人の住民たちが遠慮がちに近づいてきた。その手には、湯気を立てるスープの鍋と、バスケットに山盛りのサンドイッチが握られている。
「あの……回収班の皆様ですよね」
代表して前に出た初老の女性が、深く頭を下げた。
「ずっと、家の裏の悪臭に困っていたんです。浄化院にお願いしても来てくれなくて……。本当に、ありがとうございました。これ、少しですが皆さんで召し上がってください」
「おお、こりゃありがてえ!」
慎吾が遠慮なくバスケットを受け取ると、女性はリオラの方を見た。
「魔術師様も……。あなたの魔法のおかげで、病気にならずに済みました。ありがとうございます」
「……」
リオラは目を丸くした。これまで、彼女に向けられるのは『死臭の魔女』という蔑称か、恐怖の視線だけだった。自分の仕事が、魔女の呪いではなく「感謝される技術」として真っ直ぐに受け止められたのは、いつ以来だろうか。
「……恐縮です。ありがたく、いただきます」
リオラは微かに頬を染め、不器用な手つきでサンドイッチを受け取った。その様子を見て、慎吾は満足げにスープを啜った。
だが、穏やかな休息の中で、慎吾の頭の片隅には一つの疑問が渦巻いていた。
「美味いな。……でも、おかしいぜ」
「何がだ?」
サンドイッチを豪快に頬張るルチアが首を傾げる。
慎吾は、その日に住民や兵士から寄せられた未回収の通報札を数え直した。十七か所を片づけたのに、机の上には四十七枚残っている。
「今日一日でこれだけの量が出た。冒険者の討伐量と、市民の生活ごみを合わせれば、王都八十万人の排出量はとんでもない数になるはずだ」
慎吾の言葉に、リオラも真剣な顔で頷いた。
「ええ。浄化院の処理施設は限られています。私の計算では、王都の廃棄物全体の一日あたりの処理能力は、全体の三割程度しかないはずです」
「残りの記録を確かめたい。浄化院の帳簿を見られるか?」
エレノアの許可が要る。リオラはそう答えたが、その顔にはすでに同じ疑念が浮かんでいた。
その夜、正式な閲覧請求を出す一方で、ダントは最近になって夜間の大型馬車が増えたという運送仲間の噂を持ち帰った。




