第6話 捨てた側が、片づけ代を払え
「言いがかりだ! その札に浮かんだ文字など、貴様が勝手に作り出した幻術かもしれん!」
『黄金の坩堝錬金工房』の勝手口で、工房主は顔を真っ赤にして叫んだ。
「その通り。俺の魔法で作った札だからな。この札だけで、あんたを有罪にはできない」
慎吾は作業手袋のまま、あっさりと認めた。
実際、『搬送票』の全項目を読めるのは慎吾だけであり、第三者には「いつ、どこで、何を記録したか」という表面的な情報しか見えない。異世界由来の能力である以上、法的な証拠能力は低い。
「はっ! ならばさっさと立ち去れ! 貧民のくせにこの私を――」
「だから言っただろうが。この札は、パズルの『最後のピース』だってな」
慎吾の落ち着き払った声に重なるように、石畳を叩く硬質な足音が響いた。
「黒田慎吾。事態は把握しました。遅れて申し訳ありません」
路地の奥から現れたのは、銀糸の刺繍が入った軍服を纏う第三王女、エレノアだった。数名の騎士を従えた彼女の登場に、工房主の顔から血の気が引く。
「で、殿下……!? な、なぜこのような裏路地に……!」
「彼らは私が権限を与えた、王都初の特任魔物死骸回収班です」
エレノアは工房主を一瞥すると、冷徹な声で騎士たちに命じた。
「工房内の『錬金スライム溶液』の在庫帳簿と、直近の購入記録を押収しなさい」
「ひぃっ!?」
騎士たちが足早に工房へ入り、数分後には分厚い帳簿を持ち出してきた。
「報告します。昨夜の記録に、不自然な溶液の減少が見られます。樽一つ分、下の井戸へ流れ込んだ汚染量と完全に一致します」
騎士の報告に、工房主はがくりと膝をついた。
排水溝を塞いだ現物の溶液。ダントが見つけた重い車輪の轍。帳簿の在庫減少。そして、溶液の成分と出所を示す慎吾の搬送票。
これらすべてが合わさることで、完全な証拠が成立したのだ。
「殿下、回収の遅延も見てください! 十日前から三度も浄化院へ申し入れました。保管庫では別の薬品の樽が漏れ始め、職人を近づけられなかった。私は工房を守るため、夜中に排水へ流したんです」
工房主は処理契約書と、受領印のない三枚の回収依頼票を突き出した。嘘ではなかった。浄化院は料金を取りながら回収を止めていた。
「回収されなかった責任は、浄化院に調べさせる」
慎吾は依頼票へ目を落とし、それから工房主を見た。
「だが、行き先に人の井戸を選んだのはあんただ。困っていたことと、捨てていいことは別だ」
エレノアが厳然たる態度で工房主を見下ろした。
「言い訳は法廷で聞きなさい。ラヴェル王家第三王女、エレノアの名において命じます。貴工房に対し、第七区画の井戸の汚染除去費用の全額負担、ならびに被害住民への治療費の支払いを命じます。さらに当面の営業を停止し、再発防止のための適正な処理設備を設置するまで再開は認めません」
「そんな……職人たちの給金まで尽きてしまう」
「治療と井戸の復旧を先に払いなさい。そのうえで、浄化院の契約不履行が認められれば求償できるよう記録を残します」
エレノアの裁定に、工房主は唇を噛んで頭を下げた。責任を取らせることと、すべてを一人へ押しつけることは違う。
復旧には丸一日かかった。
ダントが手配した桶と揚水機で井戸を空にし、職人たちが汚染された底泥と石組みの一部を取り除く。慎吾は掘り上げた泥と破片だけを種類ごとに圧縮し、隔離積載庫へ収めた。井戸は新しい地下水で満たしては排水する作業を三度繰り返した。
翌朝、王立薬師院の検査薬は変色しなかった。リオラも腐敗反応がないことを確かめる。
「飲用を再開していい。ただし三日は朝夕に検査する。少しでも色や臭いが変わったら止めろ」
慎吾が使用禁止の札を外すと、住人たちから歓声が上がった。
「水だ! 綺麗な水が戻ったぞ!」
「ありがとう、あんちゃん! 魔女様も、本当にありがとう!」
神官に見捨てられ、苦しんでいた住人たちが、次々と慎吾やリオラの手を握って感謝を伝えてくる。
「……魔女ではなく、リオラです。体調が悪化したら、また呼んでください」
リオラは少し戸惑いながらも、真顔のまま小さく頷いた。その横顔には、ほんのわずかだが、専門職としての誇りと安堵が浮かんでいた。
作業が一段落した後、慎吾は押収された書類を路地の明かりで見直した。
三枚の回収依頼票には、天秤と光を組み合わせた紋章が押されている。処理契約の代金は前払い済みなのに、受領欄は空白のままだった。
「……この印は王家じゃないな」
慎吾の呟きに、背後から近づいてきたリオラが反応した。
「どうかしましたか?」
「この天秤と光の印、見覚えあるか?」
慎吾が依頼票を見せると、リオラの表情が僅かに強張った。
「……それは、『王国浄化院』の紋章です。王都のすべての清掃と浄化を管理する機関の……。なぜ、そんなものを?」
「いや、こっちの話だ」
慎吾は作業手袋を脱ぎ、顎をさすった。
回収依頼は出され、料金も払われていた。それでも馬車は来ず、危険物は工房に積み上がった。その末に工房主は、見えにくい貧民街へ被害を押し流した。
個人の違反で終わらせれば、同じことが別の工房で起きる。王都の清掃を担うはずの組織が、排出者を追い詰めながら、記録の上では仕事を済ませている。
「ごみの回収は、どうやら思ってたより根が深そうだぜ」
慎吾は見えないごみの山を見透かすように、空を見上げた。




