第32話 ごみは消えていなかった
王都各地で、逆流防止弁が次々と破裂した。
グレゴールの『全門封鎖』は灰谷への流出を止めたが、満杯の中央槽に圧力を閉じ込めた。
「……どうして、止まらない……」
水晶の制御盤の前で、グレゴールが呆然と呟く。彼が叩き込んだ魔力は確かに門を閉ざしたが、計器の赤い警告光は一向に消える気配がない。
「止まるわけねえだろ!」
慎吾が制御盤の横に駆け寄り、激しく点滅する数値を睨みつけた。
「灰谷の排出路は残渣で狭くなり、枝管にも古いごみがこびりついてる。中央槽へ数か月分を詰めた状態で出口を塞いだ。圧力は弱い弁へ逃げるぞ!」
行き場を失った廃棄物の圧力は消えない。出口を塞がれれば、次に最も脆弱な場所を探して逆流する。
それは、長年の酷使で劣化しきっていた、王都側に点在する『収集門』の逆流防止弁だった。
王宮の地下から、何かが決定的に砕ける音が響いた。
「……ッ、逆流防止弁が、全損しました!」
青ざめたリオラが叫ぶ。
「グレゴール! 止めろ! 今すぐ封鎖を解除しろ!」
ルチアが槍の石突きで床を叩き鳴らすが、グレゴールは力なく首を振った。
「……無理だ。全門封鎖は、緊急時の最終安全装置。一度発動すれば、中央集積槽の圧力が完全に抜け切るまで、解除コマンドは受け付けない構造になっている」
「なんだと……!?」
「私の……負けだ。私が作った制度は……私自身の手で、王都を……」
かつて王都を救ったという自負で立っていた男は、ついに膝から崩れ落ち、頭を抱えた。
これは彼の意図した攻撃ではない。何十年も処理を怠り、ただ『見えない場所』へと移動させ続けただけの制度が、限界に達して必然的に破綻した結果だった。
ごみは、消えてなどいなかったのだ。
「ルチア、リオラさん、上に戻るぞ!」
慎吾は崩れ落ちたグレゴールに一瞥をくれ、即座に制御室の出口へ向かって走り出した。
「だが、こいつはどうする!」
「近衛に拘束を任せる! 制御室はまだ耐火壁がある。俺たちは地上の人間を逃がす!」
慎吾たちが王宮の地下階段を駆け上がり、中庭へと飛び出した時、王都の空は異様な色に染まっていた。
赤黒い瘴気の雲が、王都の各地から間欠泉のように噴き出している。
「うわぁぁぁっ!」
「助けてくれ! 街角のゴミ捨て場から、得体の知れない化け物が……!」
王宮の門外から、悲鳴と怒号が聞こえてくる。
王都中に点在する七か所の収集門。そこから、中央槽のごみと腐敗液、枝管から剥がれた古い残渣、そこで融合した二次魔獣が泥の噴火のように溢れ出していた。
「黒田慎吾!」
中庭の向こうから、近衛騎士を伴ったエレノアが駆け寄ってきた。彼女はすでに豪奢なドレスを脱ぎ捨て、動きやすい乗馬服に着替えている。
「事態の報告は受けました! 王都の各地区から、同時に救援要請が上がっています。騎士団を向かわせますが、あの量の腐魔化現象と未知の魔獣には、通常の兵士では対処しきれません!」
エレノアは、慎吾の前に一つの腕章を差し出した。それは、王家の紋章が刻まれた『臨時災害指揮権』を示す腕章だった。
「黒田慎吾。あなたに、この王都の災害対応の全指揮権を委ねます。あなたの専門知識で、この街を片づけてください!」
「……重い役目だが、引き受ける」
慎吾は腕章を受け取り、作業服の左腕にしっかりと巻き付けた。
彼は英雄ではない。だが、誰かが勝利した後の土地を、明日も人が暮らせる状態に直す『後始末の専門家』だ。これほどの現場を前にして、逃げる理由などなかった。
王都の七方向から、伝令と鐘が重なって届いた。火災、腐魔化、道路閉塞、逃げ遅れ。報告の単位も基準もばらばらで、どこが最優先かさえ分からない。
「まず報告を一枚の地図に集める。死者が出るまでの猶予、人数、道の状態をそろえろ。俺の能力は、知らない現場までは計算できない」
慎吾は王宮の石畳へ王都の略図を描き、エレノアは各区へ伝令を走らせた。
王都を救う最初の仕事は、力を振るうことではない。混乱した現場を見える形に分けることだった。




