第30話 一枚ずつ経路を辿る
公開査問会の議場は、不気味な静寂に包まれていた。
「一枚の札が示した経路。それを、一つずつ辿ってやるよ」
証言台に立つ慎吾の宣言に、グレゴールは薄く笑った。
「たった一枚の不確かな魔法の札から、どうやって経路を証明するというのですか。無理な足掻きはおやめなさい」
「不確かじゃない。この搬送票のデータと、お前たちが残した『現実の帳簿』を照らし合わせれば、ごみの出所は確実に証明できる」
慎吾は木箱から一枚の書類を取り出し、法務官たちに向けて掲げた。
「まず、この札が付いていた袋には、使用済みの注射針と血に塗れた包帯が入っていた。この包帯の繊維と消毒液の成分は、王立第一病院が特別発注しているものと完全に一致する。これは、第一病院の薬剤長から直接取り付けた証言と発注記録だ」
法務官の一人が書類を受け取り、ざっと目を通して頷く。
「確かに……第一病院の印がある。第一病院から出た医療廃棄物であることは間違いないだろう。だが、それがどうした?」
「次に、そのごみが『どうやって』浄化院の地下倉庫に運ばれたかだ」
慎吾はダントと、王都運送組合の記録係を前に出した。ダントが元配車係として保管場所と読み方を知っていたため、法務院立ち会いのもとで押収できた公式記録だ。
「札を付けた前日の深夜、浄化院の専用馬車が第一病院の裏口で規定以上の重量を積み、その後、浄化院本部の裏門を通った。配車簿と、二つの門の通過記録、車軸重量の記録がそろってる」
記録係が原本の封印を示すと、議場がざわめいた。
「おい、この記録……浄化院の公式な回収ルートにはない時間帯だぞ」
「深夜に隠れて回収していたのか?」
グレゴールは眉一つ動かさない。
「ごみの回収時間がずれただけでしょう。それが不法投棄の証明にはならない」
「ああ、そうだな。だから次は、浄化院の『中』での記録だ」
慎吾は、リオラが徹夜で書き写した裏帳簿の複製を広げた。
「リオラさん、頼む」
「はい。この裏帳簿には、地下倉庫へ入った量と、転送門を稼働させた時刻、魔力消費が残っています。表では『浄化魔法で消滅』となっていますが、王宮魔術院の鑑定では、消費の波形は浄化ではなく大規模な空間転送です」
元職員であるリオラの専門的な指摘に、浄化院の高位神官たちが青ざめて顔を見合わせる。
「そして、転送されたごみが灰谷へ届いたこと。これは灰谷の証人が語った通りだ」
慎吾はさらに、冒険者ギルドから取り寄せた分厚い討伐記録の束を叩きつけた。
「ルチア、こいつを説明してくれ」
「承知した」
王国最高位の冒険者であるルチアが前に出ると、議場の空気が引き締まった。
「この討伐記録を見ていただきたい。ここ数年、王都周辺での『二次魔獣』の討伐依頼が異常なペースで増加している。特に、灰谷の方角である北西部にその発生源が集中しているのだ。医療廃棄物や呪物が無分別に捨てられなければ、これほど短期間に魔獣が自然発生することはあり得ない」
ルチアはグレゴールを鋭く睨みつけた。
「お前たちは灰谷にごみを送り、そこで生まれた魔獣を我々冒険者に討伐させ、その魔石から利益を得ていた。命を懸けて戦う我々を、自分たちの不始末の掃除屋として使っていたのだ!」
排出した病院、深夜の回収馬車、浄化院の裏帳簿、転送門の魔力記録、灰谷の証言、そして冒険者の討伐記録。
一つ一つは断片的な情報に過ぎなかった。だが、慎吾が『搬送票』という一本の糸でそれらを結びつけた時、誰の目にも明らかな『巨大な不法投棄の循環』の全貌が浮かび上がったのだ。
法務官たちが次々と立ち上がり、グレゴールへ厳しい視線を向ける。
「院長、これは……事実なのか!」
「表の帳簿とこれほど乖離があるとは……」
だが、グレゴールは依然として崩れなかった。
「……見事なこじつけだ。だが、裏帳簿なるものは写しに過ぎず、原本の存在は確認されていない。魔獣の発生源も推測の域を出ない。そして何より、転送制度という国家の根幹に関わる重大な決定を、私一人の独断で行えるはずがない」
グレゴールは議長席のエレノアを見上げた。
「もし仮に転送が行われていたとして、その莫大な運用予算と、魔力炉の維持権限……それを承認できるのは『王家』のみ。殿下、あなた方も長年この事実を黙認、あるいは主導していたのではありませんか?」
議場が凍りついた。
グレゴールは、自らの罪を否定できなくなったと悟るや否や、王家の責任を盾にして道連れにしようとしたのだ。
法務官たちが息を呑んでエレノアを見る。王家が関与していたとなれば、この査問会そのものが根底から覆る。
しかし、エレノアは逃げなかった。
彼女は静かに立ち上がり、透き通るような声で議場に宣言した。
「……その通りです」
議場に、悲鳴のようなざわめきが走った。
「殿下!」
ルチアが驚いて声を上げるが、エレノアは手でそれを制した。
「私は昨日、王家の過去の承認記録をすべて精査しました。結果として、二十年前の緊急措置から現在に至るまで、転送制度の維持予算に『王家の承認印』が使用され続けていた事実を確認しました」
エレノアはグレゴールを見下ろすのではなく、議場全体、そして傍聴席にいる市民たちに向かって深く頭を下げた。
「王家は、この制度の詳細を監督せず、結果として灰谷の住民に多大な犠牲を強いてきた事実を、ここに見過ごすことのできない罪として公表し、深く謝罪いたします」
王族が、平民の前で自らの非を認め、頭を下げる。それはラヴェル王国の歴史上、前代未聞の出来事だった。
「殿下、それでは王家の権威が……!」
法務官が止めようとするが、エレノアは顔を上げ、毅然と言い放った。
「王家はこの責任から逃げません。まず王家の緊急予備費を補償へ充て、次年度以降も王領収入の一定割合を、法で定めた復旧基金へ拠出します。額と使途は監査院と灰谷の代表へ公開します」
その退路を断った決断に、議場は水を打ったように静まり返った。
エレノアは真っ直ぐにグレゴールを指差した。
「王家は罪を認めました。次はあなたの番です、グレゴール・ハイゼン。あなたには、灰谷の犠牲を隠蔽し、私腹を肥やしてきた責任を問います」
さらに、エレノアが王宮書庫の監査官へ合図した。封印された一枚の羊皮紙が、法務官の席へ運ばれる。
「まだあります。これは昨夜、王家の召喚記録を再監査して発見した『追加術式』です。正規の構成図にはなく、浄化院長の管理印で後から挿入されています」
慎吾は法務官の許可を得て、その内容を読み上げた。
「表向きの条件は『すべての穢れを消し去る大浄化の勇者』。だが、術式の裏側に密かに条件が追加されていた。『大量の廃棄物を収集できる』『体積を減らせる』『搬送経路を最適化できる』『汚れ仕事へ抵抗がない』……。グレゴール、あんたは最初から世界を救う勇者なんか呼ぶ気はなかった。転送門の処理能力が限界に達してたから、それを延命させるための『便利な圧縮作業員』として俺を呼んだんだろ!」
その事実の露見に、ついにグレゴールの表情が歪んだ。
「……おのれ、ごみ漁りの分際で……!」
「法務官、浄化院本部の強制捜査と、院長の身柄確保を求めます」
エレノアの要請を法務官が認め、近衛騎士がグレゴールを囲んだ。その瞬間、議場の警報水晶が赤く明滅した。
『中央集積槽、容量限界。灰谷側排出路、応答なし』
グレゴールの顔色が変わった。
「今、通常停止をかければ王都側が破裂する。旧式の中央制御を知る者は私しかいない」
逃亡の口実かもしれない。だが、警報は現実だった。
「拘束したまま案内させます」
エレノアの命令で近衛騎士が両脇につき、グレゴールは中央制御室へ急いだ。慎吾たちも後を追う。




