第29話 ごみは証言できない
公開査問会の朝。王宮へ向かう馬車の中で、ダントが悔しそうに拳を膝に叩きつけた。
「……すまねえ、あんちゃん。夜明けまで王都中を探し回ったが、逃げた証人の行方は掴めなかった」
「ダントさんのせいじゃない。証人が自ら身を隠したんじゃ、見つけるのは不可能だ」
慎吾は作業手袋をはめた手で、木箱に収められた証拠の束を確認しながら言った。
証人は浄化院の中間管理職から、親族の生活を盾に脅迫されていた。グレゴール本人が末端の工作まで直接命じたわけではないだろう。だが、彼が作り上げた『王都の清潔さを維持する』という狂信的な組織構造が、部下たちに自発的な隠蔽工作を行わせていたのだ。
「無理に引きずり出せば、証人の家族がどうなるか分からない。今は手持ちの証拠だけで戦うしかない」
慎吾の言葉に、リオラとルチアも重々しく頷いた。
王宮の大広間に設けられた公開査問会には、数日前の比ではない数の貴族と法務官、そして浄化院の高位神官たちが詰めかけていた。
議長席に座る第三王女エレノアの顔には、隠しきれない疲労の色が見える。浄化院側からの猛烈な圧力と戦いながら、この場を維持してくれたのだ。
「これより、臨時魔物回収班が持ち帰った『灰谷調査報告』に関する査問会を再開します」
エレノアの開会宣言と共に、慎吾たち四人とミカが証言台の前に進み出た。
対する浄化院長グレゴール・ハイゼンは、余裕の笑みを浮かべて証言台の反対側に立っている。
「殿下。時間の無駄です。彼らが連れてきたという灰谷の証人は、自ら姿を消したではありませんか。虚偽の証言を強いられたことに耐えきれず、逃げ出したのでしょう」
「勝手な推測を語るな」
ルチアが鋭く睨みつけるが、グレゴールは取り合わない。
慎吾は木箱の中から、灰谷から持ち帰った証拠品を次々とテーブルに並べていった。
「俺たちが灰谷で回収してきたものだ。王立第一病院の紋章が入った変質薬、第一浄化炉から排出されたはずの呪物の残骸、そして……これだ」
慎吾が最後に置いたのは、黒く焦げた『命令書』と、回収した焼夷油の壺だった。
「一昨日、灰谷へ来た浄化院兵が落としたものだ。あんたの署名があるのは、汚染物の押収と、感染が確認された建物の焼却命令までだ。だが現場は確認もせず谷じゅうへ火を撒こうとした。持ち込んだ油の量と、生き残った兵の証言を調べてくれ」
議場がざわめく。だが、グレゴールは顔色一つ変えずに反論した。
「私が命じたのは、あくまで感染物の焼却です。彼らがそこに不法滞在しているとは知らなかった。それに、そこに並べられている王都の製品が灰谷で見つかったからといって、それが『浄化院が不法投棄した証拠』にはなりません。行商人や冒険者が持ち込んだ可能性もあるでしょう」
完璧なシラ切りだ。現場の状況証拠だけでは、彼らを法的に追い詰めることはできない。
「なら、これならどうだ」
慎吾は懐から、焦げた原本と一冊の写しを取り出した。リオラが一晩かけて作った写しは、原本を廃棄されても内容を残すためのものだ。
「十年前の帳簿だ。王都から回収されたごみの量と、実際に浄化炉で処理された量に、毎月七割の誤差がある。その消えた七割が、どこに行ったか説明できるか?」
「それは……浄化魔法による完全消滅です」
「魔法でごみは完全には消えない。必ず最終残渣が残る。この帳簿の数字の不自然さは、うちの『見習い』が匂いで見抜いた」
慎吾がミカを前に出すと、ミカは堂々と声を張り上げた。
「原本のこのページだけ、インクと削った紙の匂いが新しい! 誰かが後から数字を書き直してる!」
「……獣人の子どもの『匂い』など、証拠になるものか」
グレゴールが冷笑する。
「では、これならどうですか」
エレノアが議長席から立ち上がった。彼女の横には、昨日姿を消したはずの『灰谷の証人』の姿があった。
「なっ……!?」
グレゴールが初めて驚きの声を上げる。
「昨夜、ダント殿が運送仲間へ回した聞き込みから、証人は北門近くの空き厩にいると分かりました。近衛騎士が先にご家族を安全な場所へ移し、本人にも保護の条件を説明しています」
エレノアは証人の男へ向き直った。
「証言を強制はしません。ですが、あなたとご家族の住居と仕事は、王家と法務院が保護します。そのうえで、話すかどうかをあなた自身で決めてください」
男は長く震えていたが、やがて自分の足で証言台へ進んだ。
「私は……灰谷で、王都から転送されてくる廃棄物を見てきました。浄化院の紋章が入った袋、王立第一病院の薬瓶……それが毎日、空から降ってくるのです!」
議場が大きくどよめいた。
だが、グレゴールはすぐに冷静さを取り戻し、冷酷な反論を開始した。
「……なるほど。王女殿下が直々に保護された証言であれば、重みはあります。ですが、それも『結果』を見た証言に過ぎない。我々浄化院が、意図的にそこへ廃棄物を送ったという『過程』を証明するものではありません」
グレゴールは慎吾に向き直った。
「黒田慎吾。あなたが頼みにしている『魔法の札』。……搬送票でしたか。あれを出していただきたい」
「……」
慎吾は無言で、机の上に一枚の光る札を置いた。
「皆様、ご覧ください。この札には、何か魔法の光が灯っていますが……私には、表面の『文字らしきもの』しか見えません。黒田慎吾、あなたにはすべてが読めるのですよね?」
「俺が札を付けた『浄化院地下倉庫』から、『灰谷』へ到着した記録が残っている。札を付ける前の病院からの経路は記録していない」
「……それは、あなたがそう『読み上げている』だけではありませんか?」
グレゴールの言葉に、法務官たちが頷き始める。
「この札は、王国の既存魔術のいかなる鑑定でも、その機能と記録の真偽を検証できないのです。さらに、この札は『付与される前の経路』を追跡できない。あなたが灰谷でこの札を拾ったごみに貼り付け、適当な経路を読み上げているだけの可能性を、誰も否定できないのです」
グレゴールは両手を広げ、議場全体に語りかけた。
「ごみは、自ら証言できません。どこから来て、誰に捨てられたか。それを語るのは常に人間であり、その証言には主観が混じる。この『搬送票』単独では、法的証拠として到底認められるものではありません!」
法務官たちがざわめき、「確かにその通りだ」「単独の能力による証拠は採用できない」という声が上がり始める。
浄化院側の圧倒的な優勢。
だが、慎吾の顔に焦りはなかった。
彼は作業手袋のシワをゆっくりと伸ばし、グレゴールを真っ直ぐに見据えた。
「ああ、あんたの言う通りだ。ごみは証言できないし、この搬送票一枚じゃ、お前を有罪にはできない」
「ならば、あなた方の負けです」
「いや、俺たちの仕事はここからだ」
慎吾は、木箱の中からさらに分厚い書類の束を取り出した。
「搬送票が単なる『結果の記録』なら、それが正しいってことを、現実の記録と照らし合わせて証明すればいい」
慎吾の瞳が、現場の専門家としての鋭い光を放つ。
「一枚の札が示した経路。それを、一つずつ辿ってやるよ」




