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第3話 圧縮しても、重さは消えない

軍用荷車の分厚い車軸がへし折れた凄まじい破壊音の余韻が、広場に響いていた。


 粉々になった木材の破片に埋もれ、石畳に深くめり込んでいるのは、慎吾が『超圧縮』の能力で二十分の一のサイズに丸めた火竜の高密度な肉塊である。


「おい、どういうことだ! 魔法で小さくしたんじゃないのか!」


 兵士の一人が、真っ二つに割れた荷車を指差して怒鳴った。


「体積を減らしただけで、重さは変わってねえ。小さく見えるぶん、むしろ荷重が一点に集まる」


 慎吾は折れた車軸を指した。兵士たちは、ようやく肉塊の小ささと軽さが別物だと理解したらしい。


「ならば、私が背負って運ぼう。この程度の大きさなら造作もない」


 ルチアが自信満々に前に出た。


「おい、やめとけって。怪我するぞ」


 慎吾の制止を聞かず、ルチアは圧縮された塊の下に両手を差し込み、持ち上げようと力んだ。


「ふっ……!! な、なんだこれは……!?」


 王国最高位の冒険者である彼女の顔が、瞬く間に朱に染まる。床の石畳がミシミシと軋み、彼女の金属ブーツの底が削れたが、肉塊は一ミリも浮かなかった。


「ハァッ、ハァッ……馬鹿な、山犬の一匹程度の大きさだぞ!?」


「だから、人間の筋力でどうにかなるもんじゃないって。見かけに騙されるな」


 ルチアは自身の力不足を恥じるように顔を赤くし、「すまない、私の理解が及んでいなかった」と素直に引き下がった。


「じゃあ、もっと人数を呼んで太いロープで引きずろう! 五十人、いや百人集めれば……」


 再び提案した兵士を、慎吾は即座に止めた。


「引きずったら石畳を削る。途中の石橋も、この重さを一点で受ければ危ない。運ぶなら、先に道と荷車を見られる人間が要る」


「……このあんちゃんの言う通りだ。橋が泣くどころか、一歩で抜けるぞ」


 突如、野太い声が響き、見物人の輪から一人の男が進み出た。


 日に焼けた肌に、筋骨隆々の体格。五十代半ばと見受けられるその男は、顎髭をさすりながら火竜の塊と砕けた荷車を値踏みするように見下ろした。


「俺はダント・グラン。元は運送組合で積み荷と配車を預かってた。馬車と道の機嫌を取らせりゃ、まだ若い連中には負けねえ」


「そりゃ頼もしい。専門家の意見を聞かせてくれ、ダントさん」


 慎吾が顎で促すと、ダントは石畳にめり込んだ塊の周囲をぐるりと歩いた。


「この大きさで元の火竜と同じ重さってんなら、四輪の車軸じゃ到底支えきれねえ。王都の大通りは頑丈だが、東の『銀水橋』は古い石造りのアーチ橋だ。あそこに十トンの目方がかかれば、要石が耐えきれずに橋ごと落ちる」


「解決策は?」


「荷車を四台横並びに連結する。その上に太い丸太を井桁に組んで、巨大な擬似土台を作るんだ。十六個の車輪で重さを分散させりゃ、車軸も折れねえし、橋にかかる荷重も散らせる」


 慎吾はポンと手を叩いた。


「完璧な積載計画だ。指揮を頼めるか?」


「へっ、五十三のジジイをこき使う気か? 高くつくぞ」


「払うさ。捨てる側からきっちり回収するんでね」


 ダントの指示は的確だった。


 野次馬の中から手の空いている者たちを日雇いで集め、近隣の資材置き場から丈夫な平荷車四台と、建築用の丸太を運ばせる。


 丸太を荷車の上に組み上げ、ロープでガチガチに固定して即席の大型運搬車を作り上げた。


「よし、土台はできたぞ! あんちゃん、載せられるか?」


「任せろ」


 慎吾は火竜の塊を『隔離積載庫』へ一度収納し、組み上がった丸太の土台の上へ、慎重に位置を調整しながら再配置した。


 ギシィッ……!


 十六個の車輪が嫌な音を立てて軋んだが、車軸は耐え抜いた。ダントの計算通り、重量が見事に分散されたのだ。


「ゆっくり引け! 左右のバランスを崩すなよ!」


 ダントの号令で、男たちが太いロープを引く。


 ズズズ……と、決して動かないと思われていた超重量の塊が、王都の石畳を傷つけることなく、滑らかに進み始めた。


 一行は慎重に大通りを進み、無事に外壁の城門へと辿り着いた。


 見守っていたエレノアたちも、安堵の息をつく。


 慎吾は城門を管理する守備隊長の元へ歩み寄り、圧縮から意図的に除外しておいた火竜の分厚い頭骨の一部を指差した。


「隊長さん、こいつは火竜の骨だ。鉄より硬くて軽い。城門の補修材として買い取ってくれないか?」


「な、火竜の骨だと!? ギルドを通せば金貨十枚は下らない代物だぞ!」


「半額でいい。その代わり、今すぐ現金で頼む。このおっさんの技術料と、荷車の手配代を払わなきゃならないんでね」


 守備隊長は慌てて財布を取りに行き、慎吾は金貨を受け取ると、惜しげもなくダントへ手渡した。


「ほらよ、専門家への正当な報酬だ」


「おいおい、こんなにもらっていいのか?」


 目を丸くするダントに対し、慎吾は周囲の兵士たちに聞こえるように、わざと大きな声で言った。


「当然だ。魔法や剣だけじゃ、この肉塊を一歩も動かせなかった。あんたの『運搬の経験』がなけりゃ、俺たちは立ち往生してたんだ。プロの仕事には、プロの対価を払うのが現場のルールだ」


 その言葉に、ダントは照れくさそうに鼻の下をこすった。


 エレノアが、興味深そうにそのやり取りを見ていた。


「勇者として召喚されたあなたが、市井の荷運び人にそこまで敬意を払うのですか?」


「姫さん、仕事に上も下もありませんよ。俺はごみをまとめることはできても、運ぶことはできなかった。この人がいなけりゃ現場は回らなかったんです。なら、この現場で一番偉いのはこの人だ」


 エレノアは目を見張り、やがて小さく微笑んだ。


「……現場を知る者の言葉ですね。肝に銘じておきましょう」


 能力の弱点を、仲間の職業知識で補う。慎吾の理想とする現場の形が、そこにあった。


「……ふう。とりあえず、処理場への搬送手続きは片づいたな」


 慎吾が額の汗を拭い、リオラから差し出された水筒を受け取ろうとした、その時だった。


「大変です!!」


 顔を真っ青にした伝令の兵士が、城門の守備隊長のもとへ駆け込んできた。


「第十二区画の農業用水路で、魚が大量死しています! 水が赤黒く濁って、酷い悪臭がすると……!」


 慎吾とリオラの顔色が変わる。


 広場で火竜の血をせき止める前。切断された部位から流れ出た汚染血液の一部が、王都の地下水路を通って、生活圏へ到達してしまったのだ。


「ごみの処理は、まだ終わっちゃいなかったってことか……」


 慎吾は水筒を突き返し、鋭い声で仲間たちを振り返った。


「ダントさん、悪いが延長戦だ! リオラさんも来てくれ。このままだと、王都の飲み水が全部死ぬぞ!」

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