第25話 焼却炉だけでは町を救えない
「おいあんちゃん、正気か!? あんなボロボロの炉でごみを燃やすってのか!」
五つの区画にうずたかく積まれた廃棄物の山を前に、ダントが呆れたような声を上げた。
慎吾が指差した先には、灰谷の最奥の岩肌にへばりつくようにして建つ、巨大な黒々とした建造物があった。数十年前に放棄されたという、古代の鉱炉である。
「このまま仮置きすれば、腐敗物から先に限界が来る。安全な木材と有機物だけでも炉で減らし、時間を稼ぐ」
慎吾は作業手袋をはめ直し、崩れかけた炉の壁面を叩いた。
「だが、あの炉はひび割れだらけだ。少しでも炉内の温度が上がれば、隙間から火が吹き出して大爆発を起こすぞ。ダントさん、集落の職人たちを集めて、なんとかこの炉を補強してくれないか」
「……無茶を言うぜ。だが、やるしかねえか」
ダントはすぐに灰谷の鍛冶職人や石工たちを呼び集めた。
彼らは長年、廃棄物の中から使える金属や石材を見つけ出し、バラック小屋を作ってきた生活のプロである。ダントの的確な指示のもと、職人たちは耐火性のある瓦礫と粘土を練り合わせ、炉のひび割れを次々と塞ぎ、崩れかけていた煙突を太い鉄骨で補強していった。
炉の改修が進む中、慎吾はミカとルチアを呼び寄せた。
「炉が直っても、何でもぶち込めるわけじゃない。燃やしてはいけない物を、先に弾く」
慎吾の視界の『分別眼』が、仮置きされたごみの山から複数の危険物を拾い上げていた。
「呪いが染み付いた武具、錬金工房の毒素を含んだ廃液、それに燃えない金属の塊だ。これらを一緒に燃やせば、煙突から致死性の毒煙が撒き散らされて、灰谷全体が全滅する」
慎吾が前世の安全教育で叩き込まれたのも、正体の分からない物を収集車や炉へ入れるな、という一点だった。異世界の呪物まで化学式で説明する知識はない。だからこそ、分からない物は燃やさない。
「ミカ、あんたの鼻が頼りだ。燃やす予定の一般物や生骸系の山から、少しでも毒や呪いの匂いがするものを徹底的に弾き出してくれ」
「任せとけ。あたしの鼻はごまかせないぞ」
赤い腕章をつけたミカが、住人たちを率いて最後の精密な分別作業に取り掛かる。彼女が匂いで危険物を特定し、ルチアがそれを安全な場所へと隔離していく。
半日後。
ダントと職人たちの手によって、古い鉱炉は不格好ながらも最低限の焼却炉へ生まれ変わった。煙道には湿らせた粘土板と木炭、砂利を重ねた捕集箱を設け、飛灰と粉塵を受ける密閉桶も並べる。
「準備は整った。火を入れるぞ!」
慎吾の合図で、分別された安全な廃棄物が炉内へと放り込まれ、火が放たれた。
炎が上がり、炉の内部温度がゆっくり上昇し始める。
「リオラさん、次に入れる生骸の腐敗だけ止めてくれ。煙の処理は装置と分別でやる」
「承知しました」
慎吾は炉の正面に立ち、両手をかざした。
「『炉温管理』……!」
能力が発動し、慎吾の意識が炉の内部の燃焼状態とリンクする。
慎吾は炉の下部にある通気口と燃料口を調整し、黒煙が増えない範囲で温度を安定させた。投入を急げば燃え残り、詰めれば空気が足りなくなる。一度に入れる量を小さくし、職人が捕集箱の変色と圧力を監視する。
煙突から薄い煙が立った。無害だと決めつけることはできないため、風下は立入禁止にし、採取した煤は密閉する。
「黒い煙が出てない。臭いも、昨日より薄い」
作業を見守っていた住人たちは、炉から距離を取ったまま空を見上げた。
最初の一回は、事故なく終わった。冷えた灰と捕集箱の残渣は袋へ二重に封じ、最終処分待ちとして記録する。
その後も、安全と確認できた木材や有機物だけを少量ずつ処理した。五つの山の大半は残ったままだが、最も腐敗の早い区画に作業路と数週間の猶予が生まれた。
夜が更けた頃。
燃やし尽くした炉の火が小さくなり、集落に静寂が戻った。
慎吾は炉の近くの岩場に腰掛け、大きく伸びをした。全身の筋肉が悲鳴を上げ、魔力も底を尽きかけているが、その胸の奥には確かな達成感があった。
「お疲れ様です、黒田慎吾」
静かな足音とともに、リオラが隣に腰を下ろした。
彼女もまた、広域の腐敗封じと炉へ入れる生骸の安定化でひどく疲弊しており、その銀色の髪は汗と煤で汚れていた。
「あんたもな。リオラさんがいなけりゃ、この谷はとっくに毒に沈んでた」
慎吾が言うと、リオラはゆっくりと首を横に振った。
「いいえ。私一人では、ただ腐敗を遅らせることしかできませんでした。あなたが分別し、燃やし、終わらせる道筋を作ってくれたからこそ、私たちはこの谷を守れたのです」
リオラは顔を上げ、灰谷の上空を見つめた。
谷底を覆っていた悪臭は、まだ消えてはいない。それでも昨日までより薄くなり、雲の切れ間から星がいくつか見えた。
「……空気が、美味しいですね」
感情をほとんど表に出さないリオラが、ふっと口元をほころばせた。
その穏やかな横顔を見て、慎吾もまた、自然と微笑みを浮かべた。
慎吾は作業手袋を外し、煤に汚れた自分の右手を、そっとリオラの左手に重ねた。
ビクッとリオラの肩が揺れたが、彼女はその手を振り払うことはしなかった。
甘い愛の言葉も、大げさな告白もない。ただ、同じ過酷な現場を乗り越え、互いの技術と専門性を誰よりも理解し合った者同士の、静かな信頼の証。
二人は夜空を見上げながら、言葉を交わすことなく、その温もりを確かめ合っていた。
だが、その穏やかな時間は、唐突に引き裂かれた。
「あんちゃん!!」
血相を変えたダントが、岩場へ向かって全力で走ってきた。
「どうした、ダントさん。またどこかで魔獣が出たか?」
慎吾が立ち上がると、ダントは息を切らしながら、谷の入り口の方角を指差した。
「魔獣よりタチが悪いぜ! 谷の入り口の街道に、武装した兵士の集団が接近してきてる!」
「兵士……? 王都の近衛騎士団か?」
「いや、違う。真っ白な法衣に、天秤の紋章を付けた鎧……浄化院の直属兵だ! それも、百人は下らねえ数だぞ!」
慎吾とリオラの顔から、血の気が引いた。
大規模転送を乗り越えた彼らへ、浄化院が今度は武装した人間を差し向けてきた。目的が封鎖か、証拠の回収か、それとも集落の焼却かはまだ分からない。




