第24話 町を五つに分ける
灰谷の上空から、際限なくごみの瀑布が降り注ぐ。
王都八十万人の数ヶ月分の廃棄物は、物理的な質量となって谷底の集落を蹂躙しようとしていた。
ただのごみではない。火竜の脂肪、猛毒の錬金廃液、腐敗した魔物の死骸、呪われた武具。それらが混ざり合えば、集落を丸ごと消し飛ばす『超巨大連鎖爆発』か、致死性の『毒ガス』が発生する。
「急げ! 混ざる前に分けるんだ!」
ごみの雪崩の最前線で、慎吾が張り裂けんばかりの声で叫んだ。
彼の指示により、谷底の集落は即席の『五つの仮置き区画』へと分割されていた。
第一区画:北の岩場(発火物用)
第二区画:南の風下(腐敗物用)
第三区画:東の窪地(医療物用)
第四区画:西の空き地(呪物用)
第五区画:集落の周囲(一般物で作る防壁用)
「そっちは火薬の匂いだ! 北の岩場へ!」
「こっちは血と病気の匂い! 南と東に分けて!」
赤い腕章をつけたミカが、降り注ぐごみの山を前に、自身の嗅覚をフル回転させて判定を下す。彼女はただ自分の鼻を使うだけでなく、周囲にいる灰谷の住人たちに向かって大声で基準を伝えていた。
「火薬の匂いは、鉄が擦れた時の匂いと似てる! 病気の匂いは、酸っぱい牛乳だ! 迷ったらあたしを呼べ! 分からないものを適当に放り込むなよ!」
ミカの言葉に、作業を志願した住人たちが頷き、それぞれが長棒や板でごみを振り分けていく。判断できない物には白い印をつけ、誰も動かさずミカを呼ぶ。
「第二区画へ入る腐敗物、少しでも臭うものはすべて私が止めます!」
リオラが南の区画の入り口に立ち、両手から絶え間なく銀色の魔力を放ち続けていた。
『腐敗封じ』。
普段は少量の死骸に使う精密な魔法を、彼女は雪崩のように押し寄せるごみの波全体に広域展開していた。額から滝のような汗が流れ、顔色は蒼白になっているが、その瞳は決して作業への集中を途切れさせない。
リオラの左手が震え始めたのを、慎吾は見逃さなかった。
「南区画、投入を止めろ! 腐敗物は防護布で覆って三分待機!」
「まだ転送は続いています。今、術を切れば――」
「あんたが倒れたら、その後を全部止められなくなる。三分休むのも作業だ」
慎吾は住民へ布と土嚢での一時封鎖を指示し、リオラを風上の仕切りへ下がらせた。水筒を渡すと、彼女は悔しそうに受け取りながらも魔法を解く。
「……ようやく、ご自分以外にも同じ規則を使えるようになったのですね」
「教え方が怖かったからな」
「次は、あなた自身にも使ってください」
三分後、リオラは呼吸を整えて持ち場へ戻った。慎吾は作業線が復旧したこと以上に、彼女の足取りが安定していることへ安堵した自分に気づく。その理由を考える暇はなく、すぐ次の区画へ指示を飛ばした。
「チィッ、また湧きやがったか!」
ルチアが白銀の槍を振るい、ごみの山から這い出してきた二次魔獣を次々と討ち取っていく。
ごみが混ざる前に分けているとはいえ、王都から転送されてくる間にすでに融合してしまっている魔獣も少なくない。ルチアは住民の作業ラインに魔獣が近づく前に、その核だけを的確に破壊し、再生の隙を与えずに無力化していく。
「ルチア、倒した端から俺が隔離する! どんどんいけ!」
慎吾が『隔離積載庫』を全開にし、ルチアが倒した魔獣の残骸や、特に危険度の高い混触禁忌物を異空間へと吸い込んでいく。
しかし、隔離積載庫の容量も無限ではない。彼の両肩には、見えない数トンもの重量がズシリと圧し掛かり、作業服は汗でべっとりと張り付いていた。
「おい野郎ども、足を止めるな! 西の区画への道が詰まりかけてるぞ!」
ダントの野太い声が、集落全体に響き渡る。
彼は限られた数の荷車と、泥だらけの道をパズルのように組み合わせて、五つの区画間の輸送を指揮していた。
「東から戻ってきた空の荷車は、そのまま北の岩場へ回せ! 板を二枚重ねて泥の轍を埋めろ! 車輪を止めれば命が止まると思え!」
ダントの的確な交通整理により、数百人の住民が交差する狭い集落の中でも、荷車の渋滞は一切起きていなかった。彼の長年の運搬経験が、この巨大な現場の血流を滞りなく循環させているのだ。
ミカが嗅ぎ分け、住人が仕分け、リオラが腐敗を止め、ルチアが魔獣を狩り、ダントが運び、慎吾が全体を統括する。
それは、一人で何万もの軍勢を吹き飛ばすような、派手な魔法の力ではない。
『分別』『収集』『運搬』『処理』。
地味で、誰もやりたがらない、しかし都市を維持するためには絶対に欠かせない『現場の作業手順』。
その手順が共有されたことで、判断できる範囲だけは複数の班が同時に動けた。危険な綱渡りだったが、ごみの波は五つの区画へ少しずつ受け流されていった。
夜が明け、どんよりとした朝の光が谷底に差し込む頃。
上空の空間の裂け目が徐々に小さくなり、やがて最後のごみの塊が落下して、転送門は完全に沈黙した。
「……終わったか」
慎吾は膝に手をつき、荒い息を吐き出した。
集落の周囲には、分別された五つの巨大なごみの山がそびえ立っている。小さな発火や漏出は何度も起きたが、その都度、退避と封じ込めを行った。少なくとも大規模な連鎖反応は防ぎ、『仮置き』まで持ち込んだ。
「やりましたね……。私たちで、防ぎ切りました」
リオラがふらつく足取りで歩み寄り、安堵の息を漏らす。
ルチアも槍を杖代わりにして息を整え、ミカは疲れ果ててダントの荷車の上で丸くなって眠っていた。住民たちも、泥だらけになりながら、互いの無事を喜び合っている。
一個人の特殊能力ではなく、組織化されたチームの力で、この未曾有の災害を乗り越えたのだ。
「……だが、喜ぶのはまだ早いぜ」
ダントが重い足取りで慎吾の横に立ち、集落を取り囲む巨大な五つの山を見上げた。
「あんちゃんの指揮で、ごみを分けて安全に置いとくことには成功した。だが……ここはあくまで『仮置き場』だ。これだけの量のごみを、いつまでも集落の真横に置いとくわけにはいかねえぞ」
「ああ、分かってる」
慎吾は作業手袋を脱ぎ、額の汗を乱暴に拭った。
分けたごみは、最終的に「処理」しなければならない。
安全な有機物は焼却できる。だが、発火物、毒液、金属、医療物、呪物は別の処理や長期隔離が要る。ここは設備のない辺境の谷底で、王都のような浄化炉もない。
「全部は燃やせない。まず腐敗物のうち、炉へ入れていいものだけでも減らす。残りは隔離して、王都に責任を取らせる」
慎吾の視界の『分別眼』は、五つの山すべてに《未処理・最終処分待ち》という赤い警告を表示し続けている。
「仮置きには成功した。……だが、俺たちにはこのごみを安全に処理するための『焼却炉』がない」
分別の次は、処理。
本当の後始末は、まだ終わっていなかった。




