第22話 廃棄門を止めろ
「次の満月の夜って……明後日じゃないか!」
灰谷の地下空洞。慎吾の緊迫した声が響き渡った。
ミカの証言によれば、最近は日常的な廃棄物の転送が滞っており、その代わりに満月の夜になると、空が裂けたように膨大な量のごみが一度に降ってくるというのだ。
「王都の数か月分のごみが、一気にこの谷へ降ってくるってことか……」
ダントが青ざめた顔で額の汗を拭う。
「王都八十万人の生活ごみと、魔物の死骸、さらに錬金工房の廃液……。それらが未分別のまま一箇所に落ちてくれば、この集落は物理的に押し潰されるだけじゃありません。混触禁忌物による連鎖爆発と、大規模な腐魔化現象が同時に発生します」
リオラの指摘に、慎吾はギリッと奥歯を噛み締めた。
三日前の豪雨の比ではない。これは明確な『人災』であり、灰谷という土地を完全に消滅させる規模の破壊をもたらす。
「……止めるしかない。その大規模転送を」
慎吾は作業手袋の拳を強く握り込み、暗がりから見上げるように巨大な『転送廃棄門』の排出口を睨んだ。
「リオラさん。この灰谷側から、あの門を無理やり閉じるか、機能を停止させる方法は設定されてないのか?」
リオラは少し考え込み、やがてゆっくりと頷いた。
「……理論上は、可能です。古代文明が建造したこの搬送網は、本来は中央集積槽を介して各地点で安全に制御されるよう設計されています。灰谷側にある『排出門』の制御室から、緊急遮断のコードを入力すれば、王都側からの転送を強制的に拒絶できるはずです」
「よし、それだ! 制御室はどこにある?」
「ですが、問題があります。この搬送網は国家の根幹を成す施設として設定されているため、緊急遮断のような最上位のコマンドを実行するには、王家の人間が持つ『認証具』――つまり、王家の魔力を帯びた印章が必要です」
「王家の印章……」
慎吾の脳裏に、王都で見送ってくれた第三王女エレノアの顔が浮かんだ。彼女なら力になってくれるはずだ。だが、ここから王都へ戻り、再び灰谷へ戻ってくるには、どんなに急いでも三日はかかる。
明後日の満月には、到底間に合わない。
「どうする、黒田。物理的にこの門を破壊するか?」
ルチアが白銀の槍を構え直すが、慎吾は首を横に振った。
「駄目だ。頑丈な古代の遺物を壊すのに時間がかかるし、下手に壊して暴走でもされたら元も子もない」
慎吾が焦燥感に駆られたその時、灰谷の地下空洞に、パタパタという羽音が響いた。
一羽の伝書鳩――魔術によって強化され、王国の紋章を足につけた特別な通信鳥が、慎吾たちの頭上を旋回し、ルチアの肩へと舞い降りたのだ。
「これは……王家の伝令鳥だ」
ルチアが足の筒から小さな羊皮紙を取り出し、素早く目を通す。
「……エレノア殿下からだ。『浄化院の動きが不審。王都側の転送門に過負荷の兆候あり。灰谷の安全を確保せよ。必要ならば、これを使え』……だと」
ルチアが羊皮紙と一緒に筒から取り出したのは、鈍く光る金色の印章だった。中央には、ラヴェル王家の紋章が深く刻み込まれている。
「王女の認証具……!」
リオラが驚きの声を上げる。エレノアは、王都の異変を察知し、自分たちに不足している権限を先回りして送り届けてくれたのだ。
「流石は姫さんだ。現場に何が必要か、よく分かってらっしゃる」
慎吾はルチアから印章を受け取り、固く握りしめた。
「これで扉を閉める鍵は揃った。ミカ、制御室の場所は分かるか?」
「……排出口のすぐ横にある、あの四角い石の建物が怪しいと思う。あそこだけ、いつも変な機械の匂いがしてるから」
ミカが指差した先には、ごみの山に半ば埋もれるようにして建つ、窓のない無骨な石造りの施設があった。
「よし、行くぞ。ダントさんは集落へ戻って、万が一に備えて住民たちを谷の高い場所へ避難させてくれ!」
「おう、任せとけ!」
ダントが駆け出していくのを見送り、慎吾、リオラ、ルチア、ミカの四人は、転送廃棄門の排出口へと繋がる斜面を這い上がり、制御室と見られる石造りの建物へと向かった。
建物の扉は分厚い鉄でできていたが、ルチアが槍の石突きで強引に蝶番を破壊し、中へと押し入る。
制御室の内部は、壁一面に古代の魔術文字が刻まれた石板や、淡く発光する水晶の計器類が並んでいた。中央には、手のひらを置くためのくぼみが設けられた台座が鎮座している。
「これが、制御盤ですね」
リオラが台座の前に立ち、水晶の計器を素早く読み解いていく。
「……やはり、王都側の中央集積槽には、すでに数ヶ月分もの膨大な廃棄物が極限まで圧縮されて溜まっています。そして、次回の転送タイミングは……」
「明後日の、満月の夜か?」
慎吾が尋ねると、リオラの顔色が悪くなった。
「いえ……違います」
「なに?」
「計器の表示がおかしい。王都側で、誰かが手動で転送のタイミングを早めています。圧力のリミッターが解除され、強制的な全量転送のシークエンスが……今、まさに始動しようとしています!」
「なんだと!?」
王都側では、中央集積槽の容量警告が臨界に達していた。さらに灰谷調査の報が入り、証拠保全命令で転送網を止められる可能性が生じた。
グレゴールは王都側の破裂を避け、監査が入る前に集積槽を空けるため、予定を前倒しした。灰谷が耐えられない危険を知りながら、それでも王都を優先したのだ。
「リオラさん、急げ! 認証具だ!」
慎吾が王家の印章を台座のくぼみに押し付ける。
カチッという音と共に、台座全体が眩い金色の光を放った。
「認証を確認……! これより、灰谷側排出門の緊急遮断コードを入力します!」
リオラが震える指先で、石板に刻まれた古代文字をなぞっていく。
制御室全体が低く震え、外にある巨大な排出口の石扉が、重々しい音を立てて閉まり始めた。
「よし、いける……!」
慎吾が拳を握った、その時だった。
鋭い破裂音とともに、制御室の水晶計器の一つが粉々に砕け散った。
「……ッ!」
リオラが悲鳴を上げて顔を庇う。
「どうした、リオラさん!」
「王都側からの圧力が、異常です……! 長年の無分別な使用で、灰谷側の排出路そのものが残渣で狭くなっています。そこに数ヶ月分のごみが一気に押し込まれたため、緊急遮断の扉が……圧力に耐えきれずに、止まってしまいました!」
慎吾が外へ飛び出すと、閉まりかけていた巨大な排出口の扉が、中途半端な位置でひしゃげるように停止していた。
その隙間の奥から、地鳴りのような轟音が近づいてくる。
「嘘だろ……」
慎吾は夜空を見上げた。
灰谷の上空。排出口から溢れ出した魔力が、空間そのものを巨大な渦のように引き裂いていく。
王都から送られてきた、千台分にも及ぶ数ヶ月分の無分別なごみの濁流が、今まさに、防ぐ手立てもないまま灰谷の底へ向かって雪崩れ込もうとしていた。




