第13話 焼けば消えると思うな
旧式焼却炉の点火口から炎が噴き、熱波が慎吾たちの頬を焼いた。
退路を塞がれた密閉区画。だが、真の危機は単なる火災や酸欠ではなかった。
炉前へ落とされた山には、劣化した錬金溶液の樽と、呪いを吸った武具の残骸が混じっている。あれまで炉へ入れば、毒と呪詛を含む煙が排気塔から王都へ出る。
「それが地下から吹き出せば、王都の空が毒に覆われるということか……!」
ルチアが白銀の槍を構えたまま、顔を青ざめさせた。
警備隊長は炉を処分装置としか見ていない。何を入れるかで出口の煙と灰が変わることまで考えていなかった。
「消火魔法は使えるか、リオラさん!」
「無理です! 私は腐敗を止める専門で、水や氷は生み出せません! それに、得体の知れない薬品火災に水をかければ、水蒸気爆発を起こす危険があります!」
「……だよな。ごみ処理施設の火災と同じだ」
油の供給を止める弁は鉄格子の向こうだ。慎吾は炉の構造と、手前に積まれた物を見比べた。
「全員、手順を分ける。ダントさん、薬品の樽と呪物の箱を投入口から離してくれ。漏れてる樽は無理に転がすな!」
「おう! 煙に巻かれる前に運び出してやる!」
ダントが屈強な腕で、重い荷車ごと危険物の山を力任せに後方へと引きずり出す。
「リオラさん、腐った肉の進行を止めてくれ。膨れて投入口を塞がれたら、こっちへ煙が返ってくる」
「分かりました」
リオラが生骸の山へ銀色の魔力を通し、ガスを生み続ける腐敗を止める。
「ルチア、炉の側面に保守用の排煙弁がある。鎖が錆びて動かない。あれを開けろ!」
「承知した! ハァッ!」
ルチアが跳躍し、槍の穂先を鎖の輪へ差し込んだ。錆が弾け、排煙弁が半分だけ開く。炉前へ滞留していた煙が、古い煙道へ吸われ始めた。
「よし。……あとは、俺の仕事だ」
慎吾は燃え盛る炎の真正面に立ち、両手を突き出した。
彼の能力の一つ、『炉温管理』。実在する炉の温度と空気量を、備えつけの弁や送風口を通して調整する力だ。
慎吾は炉前の手動ダンパーをつかみ、燃料油と空気の流れを絞った。温度を急落させれば未燃ガスが増える。上げすぎれば呪物へ火が届く。燃やしてよい木屑と有機物だけを炉内へ押し込み、危険物は投入口から遠ざける。
炎の勢いが安定し、紫色を帯びかけた煙が薄れる。安全になったわけではない。焼却後の灰も密閉して調べる必要がある。それでも、呪物と薬品を巻き込む連鎖だけは止められた。
「ぐっ……、うぉぉぉぉっ!」
だが、その代償は凄まじかった。
壊れかけた炉の燃焼を能力で補い続けた慎吾の全身から汗が噴き出し、視界がぐにゃりと歪む。魔力の過剰消費による『魔力中毒』の症状だった。
吐き気がこみ上げ、頭の奥で鐘が鳴り響くような激痛が走る。
「黒田! 顔色が……限界だ、もうやめろ!」
排煙路を確保したルチアが叫ぶ。
「今止めたら、煙がこっちへ返る。あと少し、弁が安定するまでだ」
慎吾は交代を指示すべきだと分かっていながら、制御を手放さなかった。やがて排煙弁が定位置へ収まり、炎が炉内へ引き込まれた直後、膝から力が抜けた。
「……っ」
空気を操る制御が解け、慎吾の身体が糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
「慎吾!」
硬い石の床に頭を打つ寸前、生骸の腐敗封じを終えたリオラが駆け寄り、その身体を抱きとめた。
慎吾の意識は、そこで暗転した。
……。
…………。
「……目を、覚ましましたか」
頭の奥で鈍い痛みが響く中、慎吾がゆっくりと目を開けると、そこは冷たい石壁に囲まれた見知らぬ空間だった。
仰向けに寝かされた自分のすぐ脇で、リオラが心配そうに、しかしどこか怒気を孕んだ瞳でこちらを見下ろしている。
「リオラさん……。火は……毒煙はどうなった……?」
かすれた声で尋ねる慎吾に、リオラは短く答えた。
「呪物と薬品への引火は防げました。燃やした物の灰はダント殿が密閉しています。煙道の出口も兵に封鎖させました。今のところ、王都側に被害は出ていません」
「そうか……。なら、俺たちの勝ちだな……」
慎吾が力なく笑おうとした瞬間。
パシッ。
リオラの手が、慎吾の頬を軽く叩いた。
「……え?」
「笑い事ではありません」
リオラの銀色の瞳が、真剣な怒りに揺れていた。
「あなたは私たちに、危険を確認せず動くな、手順を守れと厳しく言いました。なのに、なぜ自分自身の限界だけは無視するのですか」
「いや、あれは緊急事態で……」
「魔力中毒で倒れるまで能力を使い続けるなど、現場の指揮官としてあるまじき行為です! もしあなたが死んでいたら、残された私たちはどうやってあそこから生還すればよかったのですか!」
感情表現が苦手なはずの彼女が、声を震わせて怒っている。
単なる規則違反への怒りだけではない。だが、その震える声の理由を、慎吾はまだうまく掴めなかった。
「……すまん。あんたの言う通りだ」
慎吾は大人しく謝罪し、小さく息を吐いた。
「俺が現場のルールを破っちゃ、世話ないな。次からは気をつけるよ」
「……絶対に、約束してください」
リオラはそう言うと、ホッとしたように小さく息を吐き、慎吾の額の汗を布で拭った。その手つきは、死臭の魔女と呼ばれた彼女に似合わないほど、ひどく優しかった。
だが、安堵の時間も束の間だった。
「おい、あんちゃん、起きたか」
部屋の隅から、腕を組んだダントとルチアが渋い顔で歩いてきた。
「無事でよかったが、状況は最悪だぜ」
「どういうことだ?」
慎吾が身体を起こそうとすると、ダントが首を横に振った。
「ここは浄化院本部の、地下牢だ。火が消えた後、わらわらと湧いてきた警備兵に囲まれてな。ルチアのお嬢ちゃんが暴れようとしたが、あんちゃんが倒れてちゃ逃げきれねえってんで、大人しく捕まったのさ」
「なるほどな」
慎吾は苦笑した。
鉄格子の外から、ガチャガチャと金属の鎧が擦れる音が聞こえてきた。
現れたのは、緊急焼却を命じた警備隊長と高位神官たちだ。彼らは冷ややかな目で、牢の中の四人を見下ろした。
「目を覚ましたようですね、下賤なネズミども。貴様らには、王国の聖域たる浄化院への『不法侵入』、ならびに神聖なる地下施設の『設備破壊』の容疑がかかっています。明日、公開査問会にてその罪を裁かせていただきましょう」
緊急処理を口実に証拠を焼こうとした現場側は、今度は法と権力で慎吾たちの証言を封じるつもりらしい。




