第12話 王都の夜間収集
「……活動停止を命じられたその日の夜に、堂々と浄化院の馬車を尾行するとはな。見つかればただでは済まんぞ」
深夜の王都。月の光すら届かない暗い裏路地で、建物の影に身を潜めながらルチアが呆れたように呟いた。
昼間、浄化院の使者から魔物回収班の活動停止を突きつけられたばかりである。しかし慎吾たちは大人しく引き下がる気など毛頭なく、むしろ相手が警戒を強める前の今夜しかないと、即座に行動を起こしていた。
「向こうからしっぽを出してくれたんだ、この機を逃す手はないさ」
慎吾は作業着の襟を立て、前方を走る巨大な黒い馬車を見据えた。
「それに、あのデカい装甲馬車が夜な夜なこそこそ走り回ってるんだ。これが本当の『王都の夜間収集』ってやつだろうが、あの中身がどこへ行くのか、自分の目で確かめないと気が済まないんでね」
ダントの巧みな馬車捌きと案内のもと、足音を忍ばせて巨大馬車の後を追う。
やがて馬車は、先日確認した浄化院敷地内の古い石造りの塔へと入り、重々しい鉄扉の奥へと消えていった。
「さて、どうやって中に入る? 正面の鉄扉を壊せば、すぐに気付かれるぞ」
「塔が地下へ繋がっているなら、魔力炉を冷やすための通気口があるはずです。こちらへ」
元浄化院職員であるリオラの指摘通り、塔の裏手に鉄格子のはまった古びた換気口が見つかった。ルチアが怪力で鉄格子を歪めて外し、四人はそこからロープを伝って深く暗い地下空間へと潜入した。
地下に降り立った瞬間、慎吾は顔をしかめて口元を覆った。
圧倒的な悪臭と、肌を刺すような高濃度の瘴気。
「……なんだ、ここは。ごみの最終処分場より酷いぞ」
慎吾の視界に広がる『分別眼』が、警告の赤色で埋め尽くされた。
そこは、王都の地下に広がるとてつもなく巨大な空洞だった。壁面に掛けられたランタンの薄暗い灯りに照らし出されたのは、山のようにうずたかく積まれた未処理の廃棄物の数々である。
腐敗し、感染症の温床となる『生骸系』の魔物の肉塊。河川や土壌を汚染するスライム液などの『瘴液系』が詰まったひび割れた樽。さらには、少しの衝撃や熱で爆発を起こす火竜の脂肪などの『発火系』や、通常焼却すれば毒煙となって呪いを撒き散らす『呪物系』の武具までが、何の分別もされずに無造作にごちゃ混ぜに積み上げられていた。
「これが、帳簿から消えた七割のごみの正体か……」
ダントが呆然と呟く。
「これだけの異なる危険物を同じ場所に放置すれば、混ざり合って有毒ガスが発生したり、大規模な連鎖爆発を起こす危険があります。正気の沙汰じゃありません」
リオラが震える声で言った。神聖な浄化魔法で完全消滅させたというのは、やはり真っ赤な嘘だったのだ。処理能力を超える廃棄物を、ただ地下の奥深くに隠し続けていただけである。
「あれを見ろ」
ルチアが指差した空洞の最奥。
そこには、古代文明の遺跡から発掘されたような、巨大な円環状の石造りの装置が鎮座していた。装置の周囲には複雑な魔術式が刻まれ、青白い光を明滅させている。
先ほど入ってきた装甲馬車が、その装置の前に廃棄物の山をどさりと降ろした。
白装束の神官たちが数人がかりで魔力を注ぎ込むと、円環の内側の空間がぐにゃりと歪み、漆黒の渦が現れる。
「古代の転送魔法か……!」
次の瞬間、山積みにされていた廃棄物が、空間の渦に吸い込まれるようにして跡形もなく消え去った。
ごみが魔法で無に帰したのではない。どこか遠く離れた別の場所へ『移動』させられたのだ。
「なるほど、ごみは見えない場所へ押し付ければ消えたのと同じ、ってか。随分とふざけた処理方法だ」
慎吾は忌々しそうに吐き捨てると、隠れ場所からそっと身を乗り出した。
「黒田、何をする気だ!」
「ちょっと証拠を残してくる」
ルチアの制止を振り切り、慎吾は足音を殺して、次に転送を待っている廃棄物の山の陰へと近づいた。
懐から、魔法の光を帯びた名刺サイズの札――『搬送票』を取り出す。
「こいつは、俺が札を付けた時点からの『移動経路』を付与後の到着地まで記録する能力だ。転送前に貼っておけば、どこに飛ばされたかが分かる」
慎吾は腐敗したオークの死骸が入った袋の結び目に、ペタリと搬送票を貼り付けた。札は一瞬光り、袋と同化するように見えなくなった。
直後、再び神官たちが魔力を込め、転送装置が稼働する。慎吾が札を付けた袋を含むごみの山が、空間の渦へと消え去った。
慎吾は足早に隠れ場所に戻ると、宙に指で四角い枠を描いた。そこには、慎吾の目にしか見えない搬送票の追跡データが浮かび上がっている。
「……出たぞ。到着地が記録された」
「どこだ? 人のいない無人島か? それとも地底のマグマの中か?」
ダントが身を乗り出して聞く。
慎吾は宙に浮かぶ文字を睨みつけ、ゆっくりと読み上げた。
「……『灰谷』だ」
その言葉を聞いた瞬間、リオラが弾かれたように息を呑んだ。
「灰谷……!? 王都から北西にある、魔物被害で放棄されたとされる辺境の谷……。嘘です、あそこにはまだ、行き場を失った獣人や流民たちの集落があるはずです!」
「つまり浄化院の連中は、王都の毒やごみを全部、人が住んでる辺境に丸投げしてるってことか」
慎吾はギリッと奥歯を噛み締めた。
搬送票には確かにそう表示されている。だが、この文字の全項目を完全に読めるのは慎吾の能力だけであり、他者には単なる光る札の表面しか見えない。慎吾が口で読み上げるだけでは、裁判での単独の法的証拠にはならないのだ。
「クソッ、行き先は分かったが、これだけじゃ証拠として弱すぎる。王都の回収馬車の記録と照らし合わせないと……」
「誰かいるぞ!!」
突如、地下空洞に鋭い怒声が響き渡った。
見回りをしていた浄化院の警備兵の一人が、物陰に潜んでいた慎吾たちを発見したのだ。
「賊だ! 侵入者だ、捕らえろ!」
「チッ、見つかったか! ずらかるぞ!」
慎吾が叫び、四人は入ってきた通気口の方向へと駆け出した。
しかし、無数の武装した警備兵たちが次々と湧き出し、退路を塞ぐように立ち塞がる。
「ルチア、道を開けられるか!」
「任せろ! 命までは取らん!」
ルチアが白銀の槍の石突きで兵士たちの足を薙ぎ払い、強引に突破口を開く。
だが、通気口へと続く狭い通路に四人が飛び込んだ直後、背後でガシャン! という重々しい金属音が響いた。
通路の前後を区切る分厚い鉄格子が、天井から勢いよく落下してきたのだ。
「なっ……!?」
ダントが慌てて鉄格子を持ち上げようとするが、ビクともしない。慎吾たち四人は、完全に地下通路の一角に閉じ込められてしまった。
「鼠どもめ。ここで何を見た」
鉄格子の向こう側、高位神官を従えた警備隊長が冷酷な目で見下ろしてくる。
「全部見せてもらったぜ。お前らの言う大浄化魔法が、ただの不法投棄だったってことをな」
慎吾が鉄格子越しに睨み返すと、神官は薄く笑った。
「侵入者に汚染された区画は、規定に従い緊急焼却する」
警備隊長が壁の赤いレバーを引いた。
慎吾たちの足元で床が震え、通路の先にある分厚い耐火扉が開く。そこは地下倉庫で出た感染物を処理するための旧式焼却炉だった。天井の投入口から、証拠ごと廃棄物が次々と炉前へ落とされる。
「待て、分別もせずに入れる気か!」
警告は無視された。油を送る管が唸り、点火口から炎が走る。危険物と侵入者を一度に始末するため、警備隊長は緊急処理の仕組みを悪用したのだ。




