第11話 討伐報酬から、片づけ代を引きます
翌朝、冒険者ギルドの裁定室に、グリフォン討伐の契約書と被害明細が並べられた。
「まず、契約に死骸処理の義務はありませんでした」
エレノアは最初にそう認めた。
「したがって、討伐そのものへの基本報酬と、負傷者への治療手当は支払います。命を懸けて民を守った事実まで、後から作る規則で取り消してはなりません」
ガルムが顔を上げる。
「ただし、虚偽報告は既存の規約違反です。正しい地点を届けていれば発生しなかった捜索費、水源監視費、汚染土の処理費、二次魔獣への対処費は、成功報酬の加算分から差し引きます。不足分は分割払いとし、仲間の治療費には手をつけません」
甘い裁定ではなかった。だが、働いた分まで奪う見せしめでもなかった。
さらに《白金の牙》には二週間の活動停止と、位置報告・危険部位・死骸連絡についての実地研修が命じられた。ギルド掲示板の討伐記録も、虚偽の平原から実際の猟林へ訂正される。
「異議はありますか」
「……処分は受ける」
ガルムは包帯を巻いた仲間を見てから、慎吾へ視線を移した。
「ただ、新しい仕組みを作るなら、負傷者を抱えた連中でも守れるものにしてくれ。報告のために仲間を置き去りにしろ、じゃ誰も従わん」
「その通りだ。連絡は後送でもいい。最優先は生きて帰ること。ただし、落ち着いた後まで嘘を残すのは別だ」
慎吾の返答に、ルチアが頷いた。
「戦う側の現実は私が伝える。後始末の都合だけで規則を作らせはしない」
「なら任せる」
ガルムは深く頭を下げなかった。ただ、自分が汚した現場の費用明細を持ち帰った。
その日の午後。
王都の冒険者ギルドの本部には、重苦しい空気が漂っていた。
応接室の大きなテーブルを囲むように、エレノア、慎吾たち回収班、そしてギルドの代表者たちが顔を突き合わせている。
「殿下。ガルムへの処罰は理解いたしました。しかし、冒険者の仕事は討伐までというこれまでの常識を急に変えられては、現場が混乱します」
ギルド代表の初老の男が、額の汗を拭いながら訴えた。
「ですから、ルールを明確にするのです。本日から、冒険者ギルドにおいて『回収保証金制度』を試験導入します」
エレノアの言葉に、ギルド代表者が目を瞬かせた。
「保証金、ですか」
慎吾が口を挟む。
「簡単な仕組みだ。討伐依頼の報酬から、魔物の大きさと危険度に応じた額をギルドが一時的に預かる。冒険者が俺の言った『三つの最低義務』――正確な地点記録、危険部位の報告、回収連絡――を果たし、俺たち回収班が現場を確認したら、全額返す」
慎吾は作業手袋のまま、テーブルの上に図面を描くように指を動かした。
「負傷者を救うため連絡が遅れたなら、落ち着いてから届ければいい。だが、隠したり場所を偽ったりして余分な被害を出せば、保証金からその分を負担する。基本報酬や治療手当まで奪う仕組みにはしない」
ギルド代表者は唸り声を上げた。
「……理にかなってはいますが、冒険者の多くは装備の修理代や治療費を抱えています。報酬の一部を預かると言えば、反発は避けられませんぞ」
「反発はある。だから預かる額と、負傷者を救うため連絡が遅れた場合の扱いを先に公開する。あとは、現場を知る冒険者が先例を作ってくれれば――」
「私が、その参加者第一号になろう」
慎吾の言葉を継いで、ルチアが静かに立ち上がった。
その宣言に、応接室の空気が一変した。
「ル、ルチア様がですか!?」
「ああ。最高位である私が率先して制度を受け入れれば、他の者も文句は言えまい。それに、討伐した後に現場がどうなるか……私は誰よりも痛感しているからな」
ルチアは、自らが放置した火竜に王都を滅ぼされかけた日のことを思い出すように、自嘲気味に笑った。
「戦うだけが勇者ではない。翌日も人が暮らせるようにして初めて、完全な勝利なのだ。……黒田がそう教えてくれた」
ルチアの真摯な言葉に、慎吾は少し照れくさそうに頭を掻いた。ダントが「いいこと言うじゃねえか」と笑い、リオラも静かに頷いている。
王国最高位の冒険者が後ろ盾となったことで、ギルド代表者も反論を諦め、ついに『回収保証金制度』の試験導入が決定した。
その後、ギルドのロビーで新制度が発表されると、最初は怒号が飛んだものの、ルチアが真っ先に手続きの列に並んだことで、他の冒険者たちも渋々ながらそれに追随し始めた。
こうして、王国の長年の悪習であった「倒しっぱなし」の構造に、初めて明確な楔が打ち込まれたのである。
夕刻。
ギルドを出た慎吾たちは、夕日に染まる王都の大通りを歩いていた。
「これで、冒険者からの不法投棄は劇的に減るはずだ。良い制度ができましたね」
リオラが、いつになく安堵したような声で言った。
「ああ。罰則だけじゃ人は動かない。保証金が返ってくるとなれば、嫌でもルールを守るようになる。前世でもよく使った手だ」
慎吾が笑いながら答えると、ダントも「違えねえ」と相槌を打った。
だが、その和やかな空気は、大通りの前方に立ち塞がった一群によって冷や水を浴びせられたように凍りついた。
純白の法衣に、天秤と光の紋章を刺繍した集団。王国浄化院の使者たちだった。
「エレノア殿下。ならびに、魔物回収班の皆様ですね」
使者の先頭に立つ高位神官が、恭しく、だが冷え切った態度で一礼した。
「浄化院長グレゴール・ハイゼン様より、殿下へ急ぎの親書をお持ちしました」
エレノアが騎士を通じて書状を受け取り、その場に目を通す。彼女の美しい顔が、徐々に険しいものへと変わっていった。
「……どういうことですか。これは」
「書状にある通りです。王都の清掃および魔物死骸の処理は、古くより我々王国浄化院の管轄であり、不可侵の聖域。冒険者ギルドにおける勝手な『回収保証金制度』の導入は越権行為に当たります」
使者はエレノアの怒りを前にしても、一歩も引かなかった。
「直ちに新制度の中止を要求します。また、そちらの『魔物回収班』なる非公式組織の王都での活動も、直ちに停止していただきたい。これ以上の勝手な振る舞いは、浄化院に対する反逆と見なします」
夕闇の中、浄化院の紋章が不気味に浮かび上がっていた。
王都のごみを裏で不法投棄し続けている巨大組織が、いよいよ牙を剥いてきたのだ。




