表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/36

第10話 処理費を払わない英雄様

「……記録によれば、グリフォンの討伐地点はここから数キロ離れた平原、だと?」


 ギルド代表者が青ざめた顔で読み上げた書類の内容に、慎吾は低く唸った。


 その時、斜面の上から複数の足音が近づいた。


 現れたのは、白銀の鎧を泥と血で汚した男だった。王国でも指折りの高位冒険者パーティー《白金の牙》のリーダー、ガルム・バーデンである。脇腹には新しい包帯が巻かれ、後ろの仲間も一人が腕を吊っていた。


「ガルム。なぜ報告地点と死骸の場所が違う」


 ルチアが問い詰めると、ガルムは斜面の下へ目をやった。


「戦いが長引いた。こいつは契約区域の平原から伯爵家の猟林まで逃げ込みやがった。倒した時には仲間三人が負傷し、そのうち二人は歩けず、一人は脚を折っていた。死骸を道から外し、負傷者を先に運んだ」


 足を引きずる跡の理由はそれだった。慎吾は一度頷く。


「負傷者を先に運んだ判断は責めない。俺でもそうする」


「なら話は終わりだ。契約書にあるのは魔石と証明部位の納品までだろう」


 ギルド代表者は苦い顔のまま、否定できなかった。


 ガルムは続けた。猟林ではグリフォンが木をなぎ倒していた。区域外での討伐と森林被害を正直に申告すれば、報酬を削られ、損害まで請求される。そうなれば仲間三人の治療費が払えなかったのだという。


「だから平原で倒したことにした。道から見えなければ、腐る前に獣が片づけると思った」


「事情と判断は別だ」


 慎吾は小川の手前に積んだ血まみれの土を示した。


「あんたが仲間を助けたことと、水源の上へ落とし、場所を偽ったことは別勘定だ。連絡一本あれば、俺たちは昨夜のうちに来られた」


 ガルムは言い返さなかった。しかし、負傷した仲間の方を見た拳だけが固く握られた。


 茂みの奥で枝が折れた。


 赤黒い筋肉をむき出しにした巨大な熊が、ギルド代表者めがけて飛び出す。グリフォンの血を飲み、二次魔獣へ変わりかけていた。


 ガルムは反射的に代表者を突き飛ばし、負傷した脇腹を押さえながら剣を抜いた。


「下がれ! こいつは俺が――」


「血を散らせば、また増える。ここは私が指揮する」


 ルチアがその前へ出た。


 慎吾も即座に退避路を指した。


「戦場はあんたに任せる。終わった後は俺たちに任せろ」


「承知した」


 ルチアは熊の突進を横へ流し、肉を大きく裂かずに胸奥の核だけを貫いた。巨体が沈む直前、慎吾が周囲の死肉ごと隔離積載庫へ収容する。


 ガルムは剣を下ろした。腰を抜かした臆病者ではない。危険があれば身を出せる男だった。だからこそ、昨夜の虚偽が軽くなるわけでもない。


「説教と請求は後だ。まず水を守る」


 慎吾の合図で作業が再開された。


 ガルムも負傷した仲間を安全な場所へ座らせると、黙って斜面へ降りた。


「俺にもやらせろ」


「現場じゃ身分も等級も関係ねえ。ダントさんの指示に従えるなら歓迎だ」


「分かった」


 ダントは遠慮なく、ガルムへ血の染みた土を入れる樽を渡した。


 リオラが残った死骸の腐敗を抑える間に、作業員が血の染みた土を掻き取り、蓋つきの樽へ分けて詰めた。


 ダントが荷車から太いロープと滑車を持ち出し、斜面の上の丈夫な木に手早く固定した。


「よしあんちゃん、引き上げるぞ! 少しでも上に出してくれりゃ、俺の滑車で引っ張り上げる!」


「頼むぜ、ダントさん。……『超圧縮』!」


 慎吾の能力によって、巨大なグリフォンの死骸がミシミシと音を立てて二十分の一の大きさにまで圧縮される。重量はそのままの超高密度な肉塊を、ダントが組んだ滑車の倍力機構を使って、ルチアと慎吾が協力して斜面の上へと引きずり上げた。


 死骸は斜面から除かれたが、汚染土の掘り取りと小川の監視は残った。慎吾は水源を三日間閉鎖し、朝夕に検査するようギルド代表へ念を押した。


 作業後、慎吾は出動人員、汚染土の量、小川の閉鎖日数、二次魔獣への対処を紙へ並べた。


「通常の死骸回収なら、いきなり請求される筋合いはない」


 ガルムの抗議に、慎吾は頷いた。


「そこは同意する。昨日までなかった規則を、今日になって遡って押しつける気はない」


 ギルド代表者が驚いて慎吾を見る。


「ただし、虚偽報告がなければ増えなかった費用がある。捜索の遅れ、水源の監視、汚染土の処理、二次魔獣への対処だ。その分まで住民へ回すのは違う」


「全額を取られたら、仲間の治療が続けられん」


 ガルムの声には、先ほどまでの強さがなかった。


「なら、治療費を守ったうえで責任を分ける制度が要る」


 慎吾が答えた時、蹄の音と共に王家の馬車が到着した。


 王家の紋章が刻まれたその馬車から降り立ったのは、第三王女エレノア・ラヴェルだった。ギルドからの緊急の伝令を受け、事態の深刻さを察して直接視察に駆けつけたのだ。


「で、殿下……!?」


 ガルムが慌ててその場に跪く。


 エレノアは汚染された斜面、負傷者、作業を終えたガルムの順に見た。


「討伐の功績まで消すつもりはありません。ただし、虚偽報告によって生じた損害は調べます。裁定が済むまで、報酬の支払いを一時保留します」


「全額没収では、ないのですか」


「規則のなかった部分と、あなたが選んだ虚偽を分けて裁きます」


 ガルムは返事をせず、泥のついた両手を見下ろした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ