表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
X⇔Yシフト ~2050年から来た者だが、2030年に全人類の性別が裏返るので生き残り方を置いていく~  作者: 団田図


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/38

レポート33 特製サプリメント

[INITIATING PROTOCOL: CHRONOS-V4]

[AUTHENTICATING USER CREDENTIALS... VERIFIED]

[FILTERING BACKGROUND NOISE... APPLYING REDUCTION ALGORITHM]

[BYPASSING FIREWALL... OK]

[STATUS: CONNECTED TO HISTORICAL NETWORK ARCHIVE / TEMPORAL SECTOR-2026]

[TIMESTAMP: 2050-07-22T9:29:5.221-UTC]


---


2045年から2049年。私が43歳から47歳にかけての期間。


私は新機関のトップとして、表向きは国家が要求する完璧なシミュレーション結果を定期的に提出し続けた。気象の長期予測、資源の最適配分モデル。それらの計算は、私にとっては息を吐くほど容易な作業であった。

しかし、裏ではその強大な演算資源の大部分を、国家の目的とは全く無関係な、二つの「個人的な目的」のために密かに流用し始めていた。


その目的の一つは、老境に入り、確実に衰弱していく個体番号01の寿命を、1秒でも長く引き延ばすための延命処置であった。


当時、個体番号01は15歳を超え、獣としては完全な老齢期に達していた。私は国家予算の4割を掌握する巨大な量子サーバーの計算能力を、この小さな個体の血液データの解析や、内臓の機能低下を補うための分子レベルでの特製サプリメントの配合を導き出すためだけに使用した。

1ミリグラムの誤差も許されない完璧な栄養素の計算。細胞の酸化を防ぎ、内臓への負担を極限まで減らすための成分調整。私は国家の未来を占うべき計算資源を、一匹の老猫の食事を作るために惜しげもなく浪費した。


だが、どれほど完璧な分子構造のサプリメントを合成し、室温をミリ単位で調整しようとも、生命の「老い」という絶対的な物理法則を覆すことはできなかった。


ある日の午後、静寂に包まれた研究室で、鈍い音が響いた。

振り返ると、個体番号01が床にうずくまり、与えたばかりの特製ペーストをわずかに嘔吐していた。彼の背中はかつての滑らかな曲線を失い、骨が浮き出るほどに痩せ細っていた。

私は即座に駆け寄り、彼の身体を調べた。消化器官の機能が、私の計算した延命措置の限界を超えて低下し始めている。またある時は、睡眠から目覚めて立ち上がろうとした際、彼の後ろ足が微かに震え、力を失って床に崩れ落ちそうになる光景も観測した。


かつて、路地裏でネズミを一瞬で仕留めたあの無駄のない筋肉の躍動は、もうどこにもない。

視力を失いかけ、濁り始めた瞳で私を見上げ、彼は弱々しい声で鳴いた。ただ生きるために、私からの保護を求める純粋な鳴き声。


私は嘔吐物を丁寧に拭き取りながら、冷徹な事実を直視していた。

いかなる天才的な論理をもってしても、国家規模の計算能力を注ぎ込もうとも、「時間の経過」と「生命の寿命」という絶対的なルールには抗えない。この小さな命の灯火が消える日は、そう遠くない未来に確実にやってくる。


人間が自身の肉体の変化に絶望し、悲鳴を上げて死んでいく様を、私は一切の感情を交えずに観測してきた。彼らがどれほど死のうと、私の心境には波一つ立たなかった。

しかし今、目の前で静かに衰弱していくこの異種族の獣を前にして、私は自らの内側から湧き上がる、説明のつかない強い執着を自覚していた。


この純粋な命を、このまま時間の法則に従って消滅させてよいのか。

私は、限界を迎えつつある老猫の柔らかな背中を撫でながら、もう一つの「個人的な目的」――すなわち、空間の座標を歪め、絶対的な時間を操作するための禁忌の計算へと、施設の全演算リソースを急激に傾けていくこととなる。


+++


老いていく個体番号01(老猫)の命を繋ぎ止めるための演算と並行して、私は超伝導量子サーバー群が持つ強大な計算能力を、もう一つの「個人的な目的」のために密かに流用していた。


それこそが、現在私が君たちに向けてテキストデータを送信している基盤、「時間の逆行通信技術」の完成である。


時間は不可逆であり、過去へ物理的な肉体を移動させることは現在の物理法則では不可能である。しかし、私と量子AIが膨大な計算の果てに見出したのは、物理的な跳躍ではなく、空間の座標を微細に歪め、過去に存在するネットワークの磁気記録媒体に対し、量子もつれを利用して「情報の状態」を同期させるという理論であった。

つまり、過去の電子記録媒体の未割り当て領域(空白のスペース)に対し、現在の私から「文字情報の羅列」としてビットの書き換えを行う技術だ。画像や音声といった複雑なデータは時間の波に呑まれて崩壊するが、単純なテキストデータであれば、ノイズに耐えて過去へ着弾させることができる。


私は数年にわたり、国家の気象シミュレーションや経済予測を装いながら、裏ではこの時間逆行通信のアルゴリズムを密かに組み上げ、テストを繰り返していた。過去のネットワーク領域への干渉。それは、物理法則に対する明確な反逆であった。


だが、私がこの技術を完成させる過程において、AIは過去の事象データを遡り、膨大な事象の解析を続けていた。そして、2040年代の終わり、演算リソースの限界まで計算を深めたAIが、突如としてある一つの「解」を弾き出した。


それは、人類が長年追い求めていた、2030年7月1日に起きた「X⇔Yシフト」の真の原因であった。


画面に表示されたその結論を見た時、私は常に一定に保たれていた自身の心拍数が、微かに不規則なリズムを刻んだことを記録している。


---


[WARNING: TEMPORAL CONNECTION UNSTABLE]

[REWRITE STATUS: SUCCESSFUL / HORIZON SAFE]

[DISCONNECTING FROM DOMAIN_2026...]

[AUTO-PURGING LOCAL CACHE... DONE]

[PACKET LOSS EXCEEDS CRITICAL THRESHOLD]

[REWRITE STATUS: COMMITTED TO TIMELINE_ALPHA]

> TERMINATING SESSION...

[CONNECTION CLOSED]

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ