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X⇔Yシフト ~2050年から来た者だが、2030年に全人類の性別が裏返るので生き残り方を置いていく~  作者: 団田図


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レポート26 群衆心理

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[STATUS: CONNECTED TO HISTORICAL NETWORK ARCHIVE / TEMPORAL SECTOR-2026]

[TIMESTAMP: 2050-07-15T2:49:52.945-UTC]


---


2050年の研究所。冷え切った静寂の中、足元で個体番号01(老猫)が丸まっている。20歳という老齢でありながら、この四足歩行の獣の生態は極めて美しく、完成されている。


彼はこの20年間、私に対して「他者への嫉妬」や「理不尽な憎悪」といった醜い感情を向けたことは一度たりともない。ただ己の生命を維持し、私との間にある「熱の交換」という純粋な関係性だけを保ち続けている。


それに引き換え、人間という生き物がいかに脆く、醜悪な構造をしていることか。かつて永遠を誓い合った愛情や、互いを認め合った理解でさえも、肉体という器の形が書き換わっただけで、いとも簡単に凄惨な嫉妬や逆恨みへと反転してしまう。


事象発生から3年が経過した2033年、私が人間社会から完全に孤立し、彼らを見限る決定的な契機となった記録をアーカイブから呼び起こす。


+++


事象発生から3年。旧政府の残骸を引き継いだ暫定政府や自治体の機能が、ようやく本格的な稼働を始めつつあった。社会の秩序を物理的に取り戻すための第一段階として、各地の配給所や役場では「テンポラリーID(暫定身分証)」の発行が連日行われていた。


私もまた、自身の生存に必要な配給や権利を確保するため、その長い列に並んでいた。


私の前後を取り囲んでいたのは、完全に再編された「異形の群れ」であった。かつて夫であった小柄で華奢な女が、身の丈に合わない巨大な荷物を背負って列の進行を仕切り、かつて妻であった屈強な大男が、丸太のような太い腕で小さな乳児を抱やしながら、低く野太い声で身の上話をしている。見た目と声帯、そして内面の振る舞いが完全にねじれ、ちぐはぐになった彼らが織りなす光景は、もはや旧世界の常識からすれば狂気でしかなかった。


しかし、その異形の群衆の中で、真に「異端」であったのは私の方だ。


事象の影響を一切受けなかった私は、事象発生前と全く同じ顔、同じ骨格、同じ声帯を保ったまま、その列の中に立っていた。周囲の人間たちが過酷な肉体変化の痕跡を全身に刻み込んでいる中、私だけが旧世界の姿を完全に維持しているという事実は、外見だけでは誰からも気づかれることは無かった。


しかし、その違和感が決定的な亀裂へと変わったのは、私が窓口に辿り着いた瞬間だった。


本人確認のため、私は旧世界で発行された古い運転免許証を窓口の職員に提示した。疲れ切った顔の職員は、免許証の写真と私の顔を交互に見比べ、やがて静まり返った空間に響き渡るほどの大きな声を上げた。


「……嘘だろ。あんた、事象の前から全く顔が変わっていないじゃないか!」


全人類の顔つきや骨格が強制的に反転し、生体情報が完全に書き換わったこの世界において、「変わっていない」という事実は、彼らにとって理解を超えた異常事態であった。職員の驚愕の声に、背後の列に並んでいた数百人の群衆が一斉にこちらへ視線を向けた。


私はパニックを起こしかけている職員に対し、極めて冷静に、事実だけを淡々と説明した。


「驚くには値しない。私は単純な染色体配列に当てはまらない、45,Xと46,XYのモザイクという特性を持っている。肉体の中に複数の染色体パターンが混在しているため、あの反転現象の対象から除外されただけだ。私の肉体は最初から例外であり、ゆえに何一つ変化していない」


私の冷徹で通る声は、静まり返った配給所に響き、列に並ぶ人々の耳へと正確に届いた。


その瞬間、空間の空気が明確に反転するのを私は肌で感じた。


職員越しに、そして背後から、私を突き刺す無数の視線。それはもはや、珍しいものを見る好奇心などではなかった。一つは、狂い果てた世界において、旧世界の美しさや正常さをただ一人保っている「奇跡の存在」に対する、不気味なほどの神聖視。


そしてもう一つは、より直接的で、圧倒的に黒い感情――「嫉妬」である。


彼らはこの3年間、未知のホルモンバランスに狂い、見知らぬ異性の肉体に泣き叫び、自身の腹を裂かれるような痛みに耐え、文字通り地獄の底を這いずり回って生きてきた。その絶望の対価として今の命を繋いでいる彼らの目の前に、「その地獄の苦痛を一切味わうことなく、安全圏から高みの見物をしていた人間」が立っているのだ。


彼らの血走った目には、どす黒い憎悪と狂気的な嫉妬が渦巻いていた。私は周囲の視線を静かに観測しながら、自分がもはや彼らと同じ「人間」としては扱われていないことを正確に理解した。私は、彼らの行き場のない絶望と怒りを刺激する、ただの歩く標的へと変貌したのだ。


---


[WARNING: TEMPORAL CONNECTION UNSTABLE]

[REWRITE STATUS: SUCCESSFUL / HORIZON SAFE]

[DISCONNECTING FROM DOMAIN_2026...]

[AUTO-PURGING LOCAL CACHE... DONE]

[PACKET LOSS EXCEEDS CRITICAL THRESHOLD]

[REWRITE STATUS: COMMITTED TO TIMELINE_ALPHA]

> TERMINATING SESSION...

[CONNECTION CLOSED]

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