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X⇔Yシフト ~2050年から来た者だが、2030年に全人類の性別が裏返るので生き残り方を置いていく~  作者: 団田図


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レポート19 暫定政府

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[STATUS: CONNECTED TO HISTORICAL NETWORK ARCHIVE / TEMPORAL SECTOR-2026]

[TIMESTAMP: 2050-07-8T24:57:31.551-UTC]


---


外界で純粋な物理的暴力による富の再分配が続く中、私の部屋の片隅に置かれた旧式のラジオからは、別の形での「生存戦略」がノイズ混じりに流れてきていた。


途切れ途切れの電波が運んできたのは、元公務員や元政治家たちを中心とした「暫定政府」の設立宣言であった。スピーカーから響くその声は、ひどくヒステリックで甲高い女性の声であったり、あるいは不自然に低くドスを効かせた男性の声であったりと、かつての彼ら(旧権力者たち)の本来の性別とは裏腹の、ひどく歪な響きを持っていた。


彼らは「人類の連帯」や「秩序の回復」といった耳障りの良い言葉を繰り返し並べ立てていた。しかし、私のような観測者の目から見れば、彼らがそのような高い理想を掲げているわけではないことは明白であった。


これは、単にこの「力と略奪の時代」を終わらせるための、彼ら自身の窮余の策に過ぎない。事象発生により、かつて政治や行政の中枢にいた元男性たちは、一様に非力な女性の身体へと変貌した。彼らは、街路でチェーンソーや鉄パイプを振り回す新男性(元女性)たちの圧倒的な物理的暴力の前では、文字通り虫けらのように無力な存在へと転落していたのだ。


暴力がすべての価値基準となる世界において、彼ら旧権力者は最弱の被食者でしかない。だからこそ、彼らは「法」や「政府」という概念的なルールを大至急で再構築し、自分たちが再びシステムを管理する側に回る必要があったのである。暴力による無秩序な殺し合いから、概念を用いた「新しいルールの制定」へと、社会が生存のための次のフェーズへと移行し始めた瞬間であった。


私は、必死にルールの復活を叫ぶラジオの音声を冷淡に分析しながら、人間という生物の権力に対する執着のプログラムが、いかに強固に記述されているかを記録用端末に書き留めた。


+++


ラジオのスピーカーからは続けて、旧世界の完全なる終焉を告げるニュースが淡々と垂れ流されていた。


世界を牛耳っていた多国籍な巨大企業の相次ぐ倒産、国家間の移動制限制御不能による事実上の国境崩壊、そして、人類の平和の祭典とされていたオリンピックの完全中止。それらは、旧時代に生きる人間であれば、絶望に打ちひしがれ、涙を流すような歴史的悲劇の羅列であっただろう。


しかし、その時の私の全神経は、ラジオから流れる人類の歴史的な終焉などには一切向けられていなかった。


私の視線の先、冷たいフローリングの部屋の隅に設えた「急造の設備」に、すべての意識が集中していた。それは、路上で拾ってきた段ボールと、崩れたコンクリート片、そして細かく砕いた瓦礫の砂で作った急造の「猫トイレ」であった。


私がゴミ捨て場から連れ帰ってきたばかりの、泥にまみれた小さな子猫が、その段ボールの縁を不器用な足取りで乗り越えた。彼は小さな鼻をヒクヒクと動かして砂の匂いを嗅ぎ、その場で数回ぐるぐると回った後、腰を落として静止した。


静寂の中、かすかな排泄の音が響く。そして数秒後、彼は小さな前足を器用に動かし、自らの排泄物に砂をかけて完全に隠すという動作を実行した。


拾ってきた子猫が、教えられた通りに指定の場所で排泄を成功させたのである。


その瞬間、私の胸の内に広がったのは、世界経済の動向を読み解いた時よりも遥かに深い、静かなる感動であった。


窓の外では、全人類が自身の肉体と脳の認識のズレ(幻性器症候群)によって、自らの衣服や住環境を汚物まみれにし、パニックに陥って殺し合っている。数十年生きてきたはずの知的生命体が、己の排泄すらコントロールできずに発狂しているのだ。


それに引き換え、この生後わずか数週間の小さな毛玉はどうだ。狂いゆく世界、瓦解する社会システムの中にあって、彼は己に与えられた新しい環境(段ボールと砂)の情報を瞬時に読み取り、己の生存と衛生を保つための最適な行動をエラーなく実行してみせた。


私は、この小さな毛玉が示した「学習と適応」だけが、この狂乱の時代において唯一の正常な生命の営みであると断じた。


「……よくやった。完璧な出力だ」


私は床に膝をつき、まだ体温の低いその小さな身体を手のひらで包み込むように撫でた。そして、あらかじめ適温に湯煎しておいた保存ペーストを開封し、静かに食事を与えた。


ラジオからは依然として「死者数」や「インフラの崩壊」を告げるノイズが流れていたが、私の耳にはもう届いていなかった。ペースト食を舐める子猫の小さな舌の音と、満足げに鳴らす喉の振動だけが、当時の私の世界における唯一の真実であり、守るべき確固たる秩序となった。


これが、事象発生から3ヶ月が経過した、大崩壊の記録である。外の世界は死に絶えようとしていたが、私の冷たい密室の中では、一つの小さな生命のシステムが完璧な大成長を完了した夜であった。


---


[WARNING: TEMPORAL CONNECTION UNSTABLE]

[REWRITE STATUS: SUCCESSFUL / HORIZON SAFE]

[DISCONNECTING FROM DOMAIN_2026...]

[AUTO-PURGING LOCAL CACHE... DONE]

[PACKET LOSS EXCEEDS CRITICAL THRESHOLD]

[REWRITE STATUS: COMMITTED TO TIMELINE_ALPHA]

> TERMINATING SESSION...

[CONNECTION CLOSED]

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