表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
X⇔Yシフト ~2050年から来た者だが、2030年に全人類の性別が裏返るので生き残り方を置いていく~  作者: 団田図


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/38

レポート18 電波復旧

[INITIATING PROTOCOL: CHRONOS-V4]

[AUTHENTICATING USER CREDENTIALS... VERIFIED]

[FILTERING BACKGROUND NOISE... APPLYING REDUCTION ALGORITHM]

[BYPASSING FIREWALL... OK]

[STATUS: CONNECTED TO HISTORICAL NETWORK ARCHIVE / TEMPORAL SECTOR-2026]

[TIMESTAMP: 2050-07-7T1:27:4.11-UTC]


---


現在、私がいる2050年の冷たい研究所には、環境制御装置の低い稼働音だけが響いている。

足元では、個体番号01(老猫)が完全自動洗浄機能のついた排泄スペースで用を足し、丁寧に砂をかく乾いた音を立てている。その一切の無駄がない動作と、異常を起こさない完璧な生命の仕組みを見るにつけ、私は静かな感嘆を覚える。


思えば、この「指定された場所で正常に排泄を成功させる」という極めて個人的で小さな事象が、2030年の狂乱の最中においては、国家の瓦解がかいや世界経済の崩壊よりも遥かに重大な関心事であった。己の肉体を持て余した人間たちが自らの排泄物で環境を汚染し、疫病を蔓延させていたあの頃を思い出しながら、私は過去のアーカイブ、すなわち事象発生から3ヶ月が経過した時の記録へと意識を移行する。


事象発生から3ヶ月。2030年の10月。

都市のインフラは完全に死に絶えていたが、かろうじて生き残った一部の技術者たちの手によって、限られた帯域でのラジオ放送が復旧した。しかし、電力の供給は極めて不安定であり、受信機から流れる音声は常に不快なノイズにまみれ、数分おきに途切れる有様であった。


そこから流れてくるのは、「〇〇地区は暴動により壊滅状態にある」「コレラ等の発生による死者数の推計」といった、徹底的に絶望的な現状報告ばかりであった。アナウンサーの肉声ではなく、あらかじめ録音された無機質な音声のループや、淡々とした報告が採用されていたのは、もはや生存者に希望を与える必要などないと判断されたからだろう。

復興の目処や、政府による救済措置といった希望的観測は微塵も含まれていない。その放送はただ、生き残った者たちに向けて「世界が元に戻ることは二度とない」という冷徹な事実を突きつけるだけの、新たなノイズとしてのみ機能していた。


私は自室の窓から、双眼鏡を用いて外界の観測を続けていた。

季節は秋を迎え、冷え込みが厳しくなり始めた夕暮れ時のことだ。路上では、飢えと寒さに凍える生存者たちが、ドラム缶で火を焚いて暖を取っている。彼らが燃料として、ためらいなく火の中に投げ込んでいるのは、薪でも廃材でもない。かつて価値を持っていた「一万円札の束」であった。


印刷された偉人の顔が、オレンジ色の炎に舐められ、黒く焦げて灰になっていく。特殊なインクと紙で精巧に作られた旧紙幣は、純粋な燃料に比べて燃焼効率が悪く、黒い煙を上げるだけの「燃えにくい紙屑」として扱われていた。

国家という巨大な幻想が完全に崩壊し、貨幣に対する信用が消滅した今、紙幣は物理的な発熱以上の価値を一切持たない。私は、どこかの銀行から強奪してきたであろう札束を無表情に火へ焚べる彼らの姿を記録しながら、経済という概念の完全なる死を視覚的に確認した。


同時期、株式や証券、デジタル口座の残高といった「電子的な信用」もまた、何の意味も持たない虚無の数字であることが確定した。

それを最も生々しく証明していたのが、私の観測範囲内にあった、ある企業の旧本社ビルでの光景である。


双眼鏡のレンズ越しに、かつて社会の頂点に君臨し、数字の羅列で他者を支配していた旧権力者たちの惨めな末路が見えた。窓ガラスが割れ、冷風が吹き込む最上階の役員室で怯えていたのは、かつては恰幅の良かった元男性の役員たちだ。

彼らは女性の身体へと強制的に変化させられた後、過酷な環境と未知の生理現象に耐えきれず、完全に衰弱しきっていた。ぶかぶかになった高級スーツを不格好に羽織り、床に這いつくばる彼らを取り囲んでいたのは、かつて彼らに従順に仕え、お茶を淹れていた元女性の秘書や事務員たちであった。


彼女たちは今や、圧倒的な筋力と闘争心を備えた大男へと変貌している。破れたタイトスカートやブラウスの残骸を身につけたまま、盛り上がる筋肉を隠そうともしない彼ら(現・男性体)の姿は、ひどく滑稽でありながらも、圧倒的な暴力の象徴であった。


彼らは、かつての上司の細い首を太い腕で掴み上げ、暴力による威圧で次々と要求を突きつけていた。彼らが奪おうとしていたのは、もはや無価値となった会社の株券や、企業買収の権利などではない。

「物理的な金庫の鍵」や、その中に眠る「金塊」、そして「会社が備蓄していた安全な水と食料」という、確固たる現物資産であった。


かつては絶対的であった「資本」の力が、純粋な「暴力」の前に呆気なく屈していく。役員たちが高く震える女の声で泣き叫びながら金庫の暗証番号を吐き出し、重い金塊が力ずくで奪い取られていく様を、私は一切の感情を交えずに観測し続けた。


所有権という概念は、それを守る法があって初めて成立する。法が消え去った世界では、奪う力を持つ者だけが正しい。旧世界企業の最期は、驚くほど原始的で、残酷なまでに簡潔であった。


---


[WARNING: TEMPORAL CONNECTION UNSTABLE]

[REWRITE STATUS: SUCCESSFUL / HORIZON SAFE]

[DISCONNECTING FROM DOMAIN_2026...]

[AUTO-PURGING LOCAL CACHE... DONE]

[PACKET LOSS EXCEEDS CRITICAL THRESHOLD]

[REWRITE STATUS: COMMITTED TO TIMELINE_ALPHA]

> TERMINATING SESSION...

[CONNECTION CLOSED]

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ