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X⇔Yシフト ~2050年から来た者だが、2030年に全人類の性別が裏返るので生き残り方を置いていく~  作者: 団田図


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レポート17 闇医者

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[TIMESTAMP: 2050-07-6T6:5:27.579-UTC]


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静かなる大量死が蔓延する一方で、己の命を絶つという選択に踏み切れなかった者たちは、自身の精神を保つために極めて凄惨で猟奇的な手段にすがり始めた。それが、外界の闇市場で急速に拡大していった「違法な子宮摘出手術」、すなわち擬似去勢ビジネスである。


事象によって女性の身体へと変貌した元男性たちを最も恐怖させたのは、自らの意志とは無関係に訪れる定期的な出血(生理)と、自身の体内に「子を宿すかもしれない」という、予期せぬ性交による妊娠への恐怖であった。肉体の内側で蠢く未知の臓器への激しい嫌悪と、いつ訪れるか分からないその恐怖。彼らはその二重の苦痛から逃れるため、己の肉体の一部を物理的に切り捨てるという狂気の選択に走ったのである。


当然ながら、正規の医療機関は存在しない。彼らが頼ったのは、かつて医療従事者であった者や、あるいは単に外科用のメスと最低限の知識を持つだけの、いわゆる闇医者たちであった。彼らは、廃墟となったクリニックや衛生状態の劣悪な地下室を拠点とし、この凄惨な需要に応えることで新たな権力者として君臨し始めた。


私は、物資調達の途上で、その非合法な取引の実態を幾度か観測した。

麻酔薬や抗生物質といった不可欠な医療物資は、すでに市場から枯渇している。手術とは名ばかりの、極めて野蛮な臓器摘出である。しかし、元男性(現・女性)たちは、その不衛生な手術台に自ら進んで横たわった。

彼らは、旧世界の貴金属や、自らの生存を左右する大量の保存食、あるいは防衛のための武器といった全財産を闇医者に貢いでまで、自身の腹を裂かれることを懇願したのである。麻酔が不十分な状態で行われる開腹の激痛よりも、自身の体内に子宮という未知の器官が存在し続けることの精神的苦痛のほうが、彼らにとっては耐え難かったのだ。


裏路地の暗がりから、手術の激痛による絶叫が夜な夜な響き渡る。だが、その悲鳴の中には、未知の臓器から解放されたという狂気じみた安堵が混じっていた。感染症で命を落とすリスクが極めて高いにもかかわらず、彼らは自らの腹を切り刻むことで、辛うじて己の自我を保とうとしていた。肉体への恐怖と嫌悪が生み出した、極限の自己破壊活動。私はその血塗られた経済活動を、人間という生物が持つ「自己認識」の恐るべき執念として記録に留めた。


外界が己の肉体を呪い、悲鳴と血にまみれた狂乱に沈んでいたその同時刻。私は自室という完璧な密室の中で、全く別の問題に直面していた。

ゴミ捨て場から拾い帰った、あの汚れた小さな子猫である。


連れ帰った直後から、その毛玉は容赦のない夜鳴きを続けていた。母親を求める本能的な鳴き声は、私の計算された静謐な空間に響き渡る、最大のノイズであった。

通信インフラは完全に死んでおり、ネットの検索エンジンに頼ることも、獣医の助言を仰ぐこともできない。私は書棚の奥から、かつて何かの折に手に入れていた旧世界の古い動物飼育の専門書を引っ張り出し、薄暗い照明の下でそのページをめくった。


本には、幼齢の個体に対する適切なミルクの温度や、数時間おきの授乳が必要であることが記されていた。私は保存水と粉ミルクを正確に計量し、湯煎にかけて温度を測った。

スポイトの先端にミルクを含ませ、震える子猫の小さな口元に運ぶ。だが、彼(子猫)はなかなかその異物からミルクを吸い取ろうとしない。少しでも温度が低ければ顔を背け、与える角度が悪ければむせて吐き出してしまう。


私は、AIプログラマーとして、複雑な計算を構築してきた自身の精密な指先が、わずか数十グラムの生命体を前にして、これほどまでに不器用で無力であることに奇妙な驚きを覚えていた。

「温度が違う」「飲む量が足りない」「排泄が促されない」

私は本と子猫を交互に見比べながら、一晩中、その小さな命の維持に悪戦苦闘した。何度も温度を調整し直し、スポイトの先端を口に含ませる。彼がようやく小さな喉を鳴らし、ミルクを飲み込み始めたとき、私の額にはじわりと汗が滲んでいた。


ふと顔を上げると、窓の外はすでに白み始めていた。

その夜明けの空の下では、無数の人間たちが自身の肉体に絶望し、自ら命を絶ち、あるいは薄暗い地下室で己の腹を切り裂いている。その血と狂気に満ちた同じ世界、同じ時間軸の中で、私はただ、この異種族の幼体の体温を保つためだけに、徹夜でスポイトを握りしめていたのだ。


自分の行動がいかに非合理的であるか、私は十分に理解していた。

人間の生死には微塵の関心も持たず、彼らの破滅を冷徹なデータとして観測するだけの私が、なぜこの取るに足らない毛玉の生存に多くの労力を割いているのか。それは私自身にも説明のつかない、非論理的な行動であった。


だが、私の膝の上で、スポイトからミルクを飲み終えた子猫が、小さな腹を膨らませて規則正しい寝息を立て始めたとき、私はその違和感を修正しようとは思わなかった。

狂っていく世界の中で、自身の姿形を変えることなく、ただ純粋な「生」の温もりだけを発するこの小さな塊。それだけが、当時の私にとって唯一触れることのできる、絶対的な真理であったからだ。


私は、自身の冷たい手が子猫の柔らかな毛並みに触れていたあの夜の記憶を、そのままデータとして保存する。

外界の狂気と、密室での非合理な夜。それが、事象発生から2ヶ月が経過した世界の、偽りざる記録である。


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[WARNING: TEMPORAL CONNECTION UNSTABLE]

[REWRITE STATUS: SUCCESSFUL / HORIZON SAFE]

[DISCONNECTING FROM DOMAIN_2026...]

[AUTO-PURGING LOCAL CACHE... DONE]

[PACKET LOSS EXCEEDS CRITICAL THRESHOLD]

[REWRITE STATUS: COMMITTED TO TIMELINE_ALPHA]

> TERMINATING SESSION...

[CONNECTION CLOSED]

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