レポート11 不倫浮気
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物々交換でどうにか飢えを凌いだ者たちにも、さらに冷酷な死のトラップが待ち受けていた。暴力でも餓死でもない、最も静かで大量の死。「医療システムにおける致命的エラー」である。
肉体というハードウェアが完全に別物へと書き換えられたにもかかわらず、自身の脳内習慣をアップデートできなかった愚か者たちが、次々と自滅していったのだ。
事象発生前、彼らは旧身体の体質に合わせて処方された薬を日常的に服用していた。抗うつ剤、高血圧の薬、あるいはホルモン剤などだ。だが、体重が激減し、基礎代謝やホルモンバランスが全く異なる新たな女性の肉体へと変貌した元男性が、旧来の屈強な肉体を前提とした強い用量の降圧剤や精神薬を飲み続ければどうなるか。それはもはや薬ではなく、即効性の「猛毒」へと変わる。
逆もまた然りだ。元女性(現・男性)が、習慣のままにピルなどの女性用ホルモン剤を体内に放り込み、急性血栓症などを引き起こして静かに息絶えるケースが後を絶たなかった。
彼らは、システムの大規模アップデートが行われたというのに、パッチノートすら読まずに古い仕様のプラグインを強引に突っ込み、自らクラッシュを引き起こした。医療インフラが崩壊し、救急車も呼べない世界において、この「無自覚な服毒自殺」は、路地裏や密室で死体の山を築き上げていった。
さらに、事象発生から1週間が経過すると、生き残った人々はこの残酷なシステムの「絶対的な法則」を理解し始める。そしてそれは、旧世界で隠蔽されていた人間の醜悪な嘘を、極めて機械的に白日の下に晒した。
「胎児の転移」に伴う、托卵(不倫)の露見である。
以前に説明した通り、胎児は例外なく「生物学的な父親(現・女性)」の腹腔内へと強制的に転移する。このシステムに、人間の感情や戸籍上の婚姻関係などという曖昧な変数が入り込む余地はない。
妻(元女性)が妊娠しており、その膨らんだ腹を愛おしそうに撫でていた平凡な家庭を想像してほしい。事象発生の瞬間、妻は男性の身体となり、その腹は平坦になる。ここまでは正常な処理だ。当然、夫(元男性、現・女性)は、自身の腹が急激に膨らみ、未知の胎動と痛みに襲われる予定だった。
しかし、夫の腹はいつまで経っても膨らまなかった。
そして数日後、夫の友人(元男性、現・女性)の腹が、突如として臨月のサイズに膨れ上がっているのが露見されるのだ。
DNAという絶対的なソースコードに基づくシステムの挙動は、妻の不倫と、腹の中の子供が夫のものではないという事実を、100パーセントの精度で証明してしまった。
夫の絶望と殺意、嘘がバレた妻の狼狽、そして突如として腹に爆弾を抱えさせられた浮気相手の発狂。「愛」や「家族」というひ弱なソフトウェアで隠蔽されていたバグが、ハードウェアの強制変更によって一斉にエラーを吐き出し始めたのだ。怒り狂った夫(現・女性)が、包丁を握りしめて妻(現・男性)や浮気相手(現・女性)に襲いかかるという凄惨な修羅場が、世界中の至る所で同時多発的に発生した。人間関係の崩壊という、極めて生々しく、滑稽なエラーの連続であった。
私の膝の上で、個体番号01が短く鳴き、身をよじって背伸びをした。
完璧な球体だった彼の姿勢が崩れ、私は現実の2050年へと意識を強制的に引き戻される。彼が「もう十分に眠った。次は私の要求を満たせ」と、冷徹な生存本能に基づいたサインを送ってきているのだ。
この美しい四足歩行の獣に比べれば、人間という生き物は、つくづくシステムに生かされているだけの不完全なバグだらけの存在に過ぎないと思い知らされる。
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