93.「二人の方が」
歩きながら、レオがぽつりと呟いた。
「突然ですね。何のことですか?」
「考えていたんだ。水路に水が流れていること。住民の顔つきが穏やかになったこと。……それは、管理者が誰になろうと、今日ここにある事実に変わりはない」
「明日は、どうなるか分かりませんけれど」
「明日のことは明日考えればいい。……俺が選んだことで、すべてが救われるとは思っていない。だが、今日ここにある光景は、俺たちが選んだ結果だ」
☆
水路の合流地点にたどり着いた。
かつて住民たちが水利権を巡って怒鳴り合っていた場所だ。
今はただ、清らかな水が音を立てて合流し、下流へと流れていく。
「あの日、ここはひどい騒ぎでしたね」
「ああ、覚えている。……時間がかかったが、変わったな」
「ええ。変わりましたね」
水の音を聴きながら、私たちはしばらく立ち尽くしていた。
「クラリス、来い。見せたいものがある」
レオが歩き出したのは、領地の境に近い、見晴らしの良い小高い丘だった。
そこには一本の冬枯れた木が立っていた。
だが、その枝先をよく見ると、小さな、本当に小さな芽が顔を出している。
「芽が出ています……」
「春が来る。俺たちがここを去った後も、春は必ず来る。住民は種を蒔き、水が流れ、何かが育つ。……俺たちがいなくなっても、続くものがあるんだ」
私が一人で考えていたことと、全く同じ言葉。
「……私も昨日、同じことを考えていました」
「そうか。同じ場所を見ていたということだな。言葉を交わさなくても」
「それは、いいことでしょうか」
「俺にとっては、いいことだ」
「……私にとっても」
小さな芽が、春の風に揺れる。
「命令を断った結果、どうなるかは分からない。騎士資格を失い、何もかも失うかもしれない」
レオが私を真っ直ぐに見つめた。
「それでも、俺は今ここにいる。お前はどうだ」
「私も、ここにいます。最後まで」
「終わった後は?」
「……まだ分かりません。でも、その先のことを、考えています」
「……どんな先を」
「まだうまく言えません。けれど、今でなくていいでしょう?」
レオは視線を落とし、不器用に手を差し出してきた。
「一つだけ言う。お前が選んだように、俺も選んだ。どちらが先かは関係ない。今、同じ場所に立っている。それがすべてだ」
「同じ場所……合理的ではない、正しくない選択をした場所、ですね?」
「良い場所かどうかは、ここから先の俺たちが決めることだ」
「なら、良い場所にしていきましょう。私と一緒に」
私は、差し出されたその手を取った。
長い間外にいたせいで冷え切っていたけれど、その奥には確かな熱量があった。
「……命令に背いただけでは、何も解決しません。王宮はまた動くでしょうし、これからが本当の正念場です。怖いですか?」
「……少しな」
「正直ですね。私も、少し怖いです。でも……一人より、二人の方が良い」
「……そうかもしれないな」
「いいえ、絶対にそうです」




