92. 「領地の外れ」
レオが渋々とコートを脱ぎ、椅子の背にかける。
「温かいものを持ってきます」
「後でいい」
「いいえ、今すぐ持ってきます」
「……頼む」
執務室を出て台所へ向かい、ランドルフに温かい飲み物を用意してもらった。
「レオ様が戻られましたか」
「ええ。とても疲れているけれど、大丈夫そうよ」
「そうでございますか。……クラリス様」
「なあに?」
「今夜は、少し温かくて栄養のあるものを夕食に加えましょう。お二人とも、今日はあまり召し上がっていないようですから」
「……見ていたのね」
「長く仕えておりますから」
ランドルフの言葉に甘え、温かい茶を受け取って執務室に戻った。
レオにカップを差し出すと、彼は小さく、
「ありがとう」
と言った。
今日は、ためらいのない言葉だった。
「どういたしまして」
二人で、湯気を立てるお茶を啜る。傾き始めた午後の光が、部屋の奥まで長く伸びていた。
「……一つだけ、確認してもいいですか」
私が尋ねると、レオはカップを置いた。
「なんだ」
「後悔……していませんか」
「今のところは、な」
「今のところは?」
「今後、どん底に落ちたときに後悔するかもしれない。だが、今はしていない」
「そうですか。……私も、後悔していません」
「お前も『今のところは』か?」
「ええ。今のところは、です」
「同じだな」
「ええ、似てきましたね」
レオが不意に窓の外を見やり、短く言った。
「領地の外れまで来い」
「え?」
「作業の進捗を直接見ておきたい。お前もだ」
「今からですか?」
「ああ。あと二時間は日は落ちない」
☆
私たちはコートを羽織り、外へ出た。
領地の境界付近では、エリシア家への引き渡し作業が着々と進んでいた。書類を抱えた担当者たちが、慌ただしく区画の確認を行っている。
「クラリス様、ご確認ですか」
担当者の一人が気づいて声をかけてくる。
「ええ。レオも一緒です」
「グランツ様も……。では、現在の進捗を――」
「説明はいい」
レオが遮る。
「自分の目で確かめる」
私たちは並んで歩き出した。
修復された水路。強固に積み直された石組み。物資が運び込まれた倉庫。
長いようであっという間だった時間、血の滲むような思いで整えてきた景色だ。
もうすぐ私たちの手元から離れる場所。
「……変わらないものもある」




