91.「真っ白ですよ」
「レオ様のこと、気になりますか?」
「少し、ね」
「『少し』ではないですよね」
「……ええ。かなり、心配だわ」
「ふふ、正直ですね」
カルが小さく笑う。
その明るさに、少しだけ救われた気がした。
「隠しても、きっとあなたにはバレてしまうもの」
「何かあったのですか?」
「……話せる時が来たら、必ず話すわ」
「わかりました。何かあれば、いつでも呼んでくださいね」
カルが下がり、一人になった部屋で昼食を口にする。
窓の外は、残酷なほどに晴れ渡っていた。降り注ぐ光は力強く、冬の終わりと春の予兆を告げている。
☆
午後三時を回った頃。屋敷の玄関ホールに、重く規則正しい足音が響いた。
私は弾かれたように書類から顔を上げる。
その足音は迷いなく廊下を進み、執務室の前で止まった。
控えめなノックの音。
「入ってください」
扉が開くと、そこには外出着のままのレオが立っていた。
コートを脱ぐ余裕もなかったのか、その頬は外気で白く冷え切っている。
「戻りましたか」
「ああ」
「話せますか?」
「……座れ」
促されるまでもなく、私は椅子に腰を下ろした。
レオは向かいの席に深く体を沈める。その動作には、隠しきれない疲労が滲んでいた。
「上官と、話してきた」
「どう……でしたか」
「予想通りだ。命令に従わないことは、騎士としての義務に反すると、厳しく突き放された」
「そう、でしょうね……」
「今回の任務の功績も、すべて白紙に戻ると。従わなければ、今後の評価は絶望的だと言われた」
「最悪の場合は……どうなるのですか」
「騎士資格の剥奪だ」
部屋に、重苦しい沈黙が降りた。
「それでも」
と、私は彼を見つめる。
「ああ」
「断ったのですね」
「……断った。正式な辞令に対し、個人的な事情で従えないと申し出た。具体的な理由は伏せたままな」
「理由は言わなかったのですか?」
「言う必要がない。俺自身の選択だ」
「上官の反応は」
「すぐには決まらない。上に報告したのち、正式な判断が下る。ただ、芳しい結果にはならないだろうと言われた」
「結論が出るまでは、どのくらい?」
「一週間、あるいは二週間といったところだ」
「その間、ここに留まることは……」
「許可された。ただし、状況が変われば即座に離脱することになる。騎士団の決定が下りた瞬間、俺はここにいられなくなるかもしれない」
引き継ぎが終わる前に、彼が去らなければならない可能性。
私はその不安を頭の隅に追いやり、深く息を吐いた。
「わかりました。私は、今日も引き継ぎを続けていました。南東区域の記録は終わっています。次は中央です」
「なら、来週のエリシアの来訪には間に合うな」
「間に合わせます。必ず」
「……俺の担当分は、俺がやる」
「ありがとうございます」
「感謝するな。俺が好きでやっていることだ」
いつものぶっきらぼうな物言いに、私は少しだけ微笑んだ。
「コートを脱いでください。体が冷えています」
「冷えていない」
「顔を見ればわかります。真っ白ですよ」
「……脱ぐ。脱げばいいんだろ」




