87. 「少し遠回り」
声は茶色い土の上に吸い込まれ、消えていった。答えは返ってこない。
でも言葉にしたら私は報われた気がした。
☆
屋敷に戻る頃には、空は夕刻の色に染まり始めていた。
玄関でランドルフに迎えられ、
「レオ様がお探しです」
と告げられる。
執務室の扉を叩くと、レオは依然として机に向かっていた。
「戻りました」
「遅かったな」
顔を上げず、レオが短く応える。
「少し遠回りをしました。北の農地まで」
「……一人で何を考えていた」
「うまく言葉にできないことを、色々と」
レオの手が止まる。
彼は椅子を回し、私を正面から見据えた。
「言葉にできないことを、考え続けることに意味があるのか」
「あります。すぐに形にならない想いを持ち続けることで、いつか自分だけの答えになる。あなたも、そうだったはずでしょう?」
「……フン」
彼は鼻を鳴らし、わずかに視線を逸らした。
沈黙が流れる。
レオは何かを推し量るように私を見つめていた。
「……お前は、変わったな」
「そうですか?」
「最初の頃のお前は、全部を守ろうとして、守れない現実に押し潰されそうになっていた。だが今は……違う。守れないものがあることを知った上で、なお、そこに立っている」
その指摘は、あまりにも正確だった。
「今日、お前がいない間に書類を整理しながら考えていた。お前がこの四ヶ月、どう足掻いてきたか。数字や記録を辿れば、判断の変遷が見える。……お前は理想から始まり、現実に叩きのめされ、最後にはその両方を抱えて動くようになった」
「書類から、そんなことまで分かるのですか」
「数字は嘘をつかない。……俺には、お前のような住民の顔から状況を読む真似はできないがな。互いに、読み方が違うだけだ」
「……そろそろ行きましょう。トーマのところが賑やかになります」
私が促すと、レオは静かに立ち上がった。机の上の書類を片付け、引き出しに仕舞い込む。
その動作は、一つの区切りをつける儀式のようだった。
二人で執務室を出て、廊下を並んで歩く。以前なら、彼は私の数歩前を歩いていた。
今は、肩を並べて歩幅を合わせている。
「礼は言うなよ」
不意にレオが釘を刺すように言った。
「お前が礼を言うと、俺が感謝を受け取る側になる。……慣れていない」
「これから慣れてください。慣れていなくても、受け取ることはできます。拒絶せず、ただ持っていればいいんです」
「……お前らしい言い方だ」
廊下の突き当たり、外へと続く扉を開ける。
夕暮れ時の光が、私たちの顔を橙色に染めた。影が長く、深く伸びている。
「夕方になりましたね」
「ああ」
「行きましょう。待っていますから」
並んで歩き出す。
刺すような冷気の中、私たちは同じ方向を見据えて、一歩ずつ。
――運命の歯車が、音を立てて回り出したのはその夜のことだった。




