86.「あんたらしい」
返ってくるのは、飾りのない本音ばかり。
それは確かに諦めだった。それでも、四ヶ月前のような『絶望』とは何かが決定的に違っている。
私は彼らの声を聞き、今の状況を噛み砕いて伝えた。
後任のエリシアがどのような人物であるか、私が感じたままの事実を。
「……冷たい人なのか?」
不安げな問いに、私は首を横に振った。
「冷たいというより、とても『正確』な方です。感情で判断を揺らさない分、一度口にした約束は必ず守ってくれるはず。嘘をつく方ではありません」
「あんたより、信用できるのかい?」
私は少し考え、自分なりの言葉を選んだ。
「私への信頼は、私が皆さんと共にここにいた四ヶ月で生まれたものです。エリシア様への信頼は、これから皆さんと作っていくもの。種類が違うだけで、どちらが上ということはありません」
「……そんな答え方をするのが、あんたらしいよ」
男が、少しだけ口角を上げた。
「嘘をつかないのは、あんたも同じだ。……ありがとうよ」
「礼を言われるようなことでは……」
「それでもさ。礼を言わせてくれよ」
疲れの滲む笑顔。
でもそれは、確かに『人間』の笑みだった。
☆
区域の外れで、カルに出会った。
「クラリス様、お一人ですか」
「ええ。夕方はトーマのところへ行きますが、少し見回りを」
「そうですか。……今日、この区域を歩いてみて、どう感じられました?」
カルが声を潜めて問う。
「落ち着いてはいます。ただ、それ以上に諦めが広がっているのも事実ですね。先週までの熱は、もう残っていません」
「ええ、私にもそう見えます。……それは、良いことなのでしょうか」
「……分かりません。ただ、以前とは明らかに違います。あの頃は何もかもが崩れ落ちていく感覚でしたが、今は、何かが『変化』している感覚です。止まったのか、動き出したのか。それを判断するには、もう少し時間が必要でしょう」
「断言しない。けれど、方向は見失わない。……クラリス様らしい」
カルがふっと微笑む。
「長く一緒に動いてきましたからね、分かりますよ。引き継ぎが終わるまで、よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ」
☆
帰り道、私はあえて遠回りをした。
領地の北端。農地が広がり、今はただ茶色い土が眠っているだけの場所。春になれば、ここには何かが育つ。芽吹きが訪れる。
私は農地の端に立ち、地平線の彼方を見つめた。
一ヶ月後、私はここにはいない。それでも、この土は残る。誰かが種を蒔き、水が流れ、生命が育まれる。
私がいなくなっても、続いていくものがある。
四ヶ月前、私はすべてが壊れて消えると思っていた。
けれど、残ったものがある。崩れかけたものを、この手で支え止めた瞬間があった。
全部は守れなかった。
トーマに怪我をさせ、功績は他人のものになり、家は移管される。
それでも。
水は今も流れ、食料は配られ、住民は明日を信じようとしている。全部ではないけれど、何かが、確かに残ったのだ。
「……正しくなかったかもしれません」
誰に聞かせるでもなく、独り言が零れた。
「守りきれませんでした。選択を間違えたことも、後悔していることも、たくさん。……でも」
一陣の風が、吹き抜けた。迷いのない、真っ直ぐな風。
「それでも、私はここにいます」




