表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】契約結婚の相手は最悪の騎士でした。不正解な結婚のはずが彼は全てを捨てて任務より私を取りました  作者: 猫燕


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
84/100

84.「私の影響です」

 促されるまま向かいの椅子に座ると、レオが一枚の書類を差し出してきた。

 そこには水路修復に協力した住民たちのデータがあった。だが、記録されているのは『延べ人数』や『作業時間』という無機質な数字だけ。


「住民の協力は数字に置き換えられ、個人の名は一人も残っていない。トーマの名前もない。あの夜、三日連続で蝋燭を持ってきたという事実さえ、この紙の上には存在しないんだ」

「……公式の書式には、個人のエピソードを含める欄がありませんでしたから」


 レオがパタンと書類を閉じた。

 その音が、静かな部屋に重く響く。


「俺は守るために動いてきた。だがその結果、記録に残らないものを消し去り、お前の功績を奪う側に回っていた。……そのつもりはなかったが事実として、そうなっている」


『奪う』という言葉を、彼は過去にも使った。

 意図的でないにせよ、自分がその構造の一部となり、誰かの人生や想いを透明にしてしまったこと。

 それを彼は『整理』し、向き合おうとしていた。


「……昨夜、眠れなかった」


 ぽつりと、彼がこぼした。


「眠れない夜は、考える。この領地のこと、お前のこと、トーマのこと、ここに来てからのこと。そうしているうちに、全部がつながっている気がしたんだ。俺が『正しさ』を軸にして動いてきた結果、何か……『顔のあるもの』を見落としてきたんじゃないかと」

「顔のあるもの、ですか」

「数字じゃない、名前があるものだ。あの日トーマが放った言葉のような、剥き出しの感情。俺の判断のなかで、切り捨ててきた部分だ」


 気がする。

 レオがそんな抽象的な、感覚に近い言葉を使ったのは、私の知る限りこれが初めてだった。


「『気がする』という言葉を使うのですね。……私は、いいと思います。今のあなたの状態には、それが一番正確な言葉ですから」

「……お前は、いつもそうやってはっきり言うな」

「あなたと話してきたからです。曖昧なことを嫌うあなたに慣れたせいで、私も正確でありたいと思うようになりました。――きっと私の影響ですよ」


 レオが少しだけ視線を逸らし、机の上の書類に手を置いた。


「……この書類の件、修正の申請を続ける。結果が出なくても、お前の功績が正しく記されるまで、俺は声を上げ続けるつもりだ」

「ありがとうございます」

「感謝するなと言っている」

「感謝ではなく、嬉しいと言ったのです。感謝はあなたに向けたものですが、『嬉しい』は私の内側の話ですから」

「……お前は、本当に細かいな」

「正確でいようとしているだけです」


 レオの口元が、ほんの少しだけ動いた。

 朝の薄い光のなかでは、それが笑みなのかどうか確信は持てなかったけれど。


「パン、食べてくださいね」


 私の言葉に、彼はようやく布の包みを解き、パンを一口齧った。


「……ありがとう」

「どういたしまして。感謝するなと言ったそばから、ご自分は仰るのですね」

「……そうだな」


 外から、朝を告げる鳥の声が聞こえてきた。


「今日の午後、トーマのところへ行きます。一緒に来ますか?」

「行く。……公式の書類にならないとしても、俺個人であいつの記録を書き残す。あいつがどんな気持ちで、何を見ていたか。それを聞いて、引き継ぎ資料の補足にねじ込んでやる。エリシアなら、きっと読み飛ばさないはずだ」


 私は、そんなレオをしばらく見つめていた。

 この人は確かに『変わり始めて』いた。


「……あなたは今朝、また少し進んだ気がします」

「進んだ先に何があるかは、まだ分からんがな」

「それでいいと思います。分からないことを、分からないまま進める人こそが、本当に次に進める人ですから」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ