82.「お姉さん」
レオの声は、絞り出すように低かった。
「お前は怪我をし、俺の制止は間に合わなかった。それでもか」
「でも、止めようとしてくれた。……それだけで、嬉しいです」
「本当にそうか?」
トーマは少し考え、それから声を落とした。
「……本当は、助けてほしかったです」
その一言に、部屋が凍りついたように静まり返った。
「助けてほしかったけど、助けてもらえなかった。……でも、騎士様のせいだとは思っていません。どちらも本当のことだから」
レオは視線を落とし、古い木の床をじっと見つめた。言葉が出てこない。いや、出すべき言葉が見つからないのだ。
正しさと、救えなかった現実。その矛盾が、十歳の少年の口から語られている。
「……お前は、十歳だったな」
「もうすぐ十一です」
「そうか……。お前は、本当に」
言葉に詰まるレオを見て、トーマが少しだけ笑った。
「おじいちゃんみたいな顔してますよ」
「うるさい」
そのやり取りに、張り詰めていた空気がわずかに緩んだ。
トーマは、
「自分を責めないでほしい」
と重ねて伝え、レオは困ったような、けれど救われたような顔をして、
「ありがとう」
と短く返した。
「二人とも、ちゃんとしてますね」
トーマが、私たちの顔を交互に見て言った。
「ちゃんとしている……?」
「お互いのこと、ちゃんと分かってる感じがします。……だからぼく、あの夜、ここにいたいと思って行ったんです。こういう人たちがいる場所だから」
私はその言葉を、大切に胸の奥へ仕舞い込んだ。
ここにいたいから、守りたかった。その純粋な意志が、私たちを繋いでいたのだ。
「トーマ……あなたは本当に、いい子ね」
「おばさんみたいなこと言わないでくださいよ」
「お、おばさん?」
「おばあちゃんが孫に言う感じの言い方です」
横でレオの口元がわずかに動いた。笑いを堪えているのかもしれない。
「失礼ね、せめてお姉さんと言いなさい」
「そういうところが難しいって言ってるんです、クラリス様は」
「難しい……か。確かにそうだな」
レオまで加勢してくる。
「あなたまで言いますか。私のどこが難しいのですか?」
「全部だ」
「……答えになっていません」
そんな私たちのやり取りを見ながら、トーマはまた声を立てて笑い、そして
「あ痛っ」
と脇腹を押さえた。
「ほら、笑うからよ。今日はもう休みましょう」
「……明日も、来てくれますか?騎士様も」
「ああ、約束だ」




