80.「いい感じです」
私は、ふっと微笑んだ。
「やっぱり、変わりましたね。以前のあなたなら、無駄な抵抗だと切り捨てていたはずです」
「……お前の影響だろうな」
「認めてくれるのですか?」
「……認めざるを得ない」
廊下を照らす蝋燭の光が、二人の間に落ちる。
「レオ、私の功績があなたの名前になっていること……どう思っていますか?」
「……腹が立っている。ひどく」
「自分のためではなく、私のために怒ってくれるのですね」
レオは少しだけ視線を外し、低い声で言った。
「……そうだ」
「ありがとうございます。嬉しいです」
「礼を言われるようなことじゃない。……トーマの所にはまた来る。お前も来るか」
「もちろんです。カルも誘いましょう。三人で来れば、きっともっと賑やかで、トーマも喜びます」
レオは少し考え、
「……そうするか」
と、わずかに口角を上げた。夜の廊下、揺れる炎。
「今夜は休め」
「あなたも。目の下に影ができていますよ」
「……分かっている」
「では、おやすみなさい」
「……おやすみ」
別れて自室へと向かう。
廊下の隅に置かれた蝋燭は、風に揺らぎながらも、決して消えることなく、暗闇を照らし続けていた。
☆
三日後の朝、私はトーマの様子を見に部屋を訪れた。
医者の見立て通り、少しずつ、けれど着実に回復に向かっているようだった。
「昨日より、加減はどうかしら?」
「まあまあ、いい感じです」
「食事は摂れた?」
「少しだけですけど、ちゃんと食べました」
「よかった……」
心底ほっとして胸をなでおろすと、トーマが少しだけ身を乗り出すようにして尋ねてきた。
「クラリス様。……あの、騎士様は、今日は来ますか?」
「今日は現場の最終確認があるから、夕方になるかもしれないわ」
「夕方でもいいです。待ってますから」
「伝えておくわね」
「あと……」
トーマが何かを言い淀むように、小さく眉を寄せた。
「騎士様に、言いたいことがあって」
「私から伝えておきましょうか?」
「いえ、直接言います。だから、来てくれたら嬉しいです」
真剣なその眼差しに、私はただ、
「分かりました」
と頷くことしかできなかった。
☆
午前中、私は執務室に籠もって引き継ぎの資料整理に没頭した。数日後にはまた、王宮の監査官であるエリシアがやってくる。
机の上には、うずたかく書類が積まれている。
水路の修復記録。
食糧の配給記録。
そして、住民一人ひとりの状況報告――。
書き進めるうちに、ここに刻まれた文字の一つひとつが、当時の記憶を鮮烈に呼び起こした。
水路が崩落しかけ、絶望に暮れたあの日。
頑なだった住民たちが、初めて自発的に手を貸してくれた夜。
そして――トーマが暗闇の中で、小さな蝋燭を掲げて現れた日のこと。




