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【完結】契約結婚の相手は最悪の騎士でした。不正解な結婚のはずが彼は全てを捨てて任務より私を取りました  作者: 猫燕


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79.「特例申請」

 夜、レオがトーマの部屋を訪れた。

 私は廊下で控えていたが、開いた扉の隙間から二人の声が漏れ聞こえてくる。


「騎士様が来た!」


 トーマの弾んだ声。それに応える、レオの短く低い声。


「……様子を見に来ただけだ」

「ぼく、大丈夫ですよ」

「そうか」


 沈黙が流れる。


「騎士様。ぼく……また行っていいですか?治ったら」

「……ああ」

「来いじゃないんですか?」

「来ていいと言ったんだ」

「来いの方が格好いいです!」


 わずかな間のあと。


「……また来い」

「はいっ!」


 怪我をして以来、初めて聞くような、力強い返事。

 廊下にいる私にまで、その喜びが伝わってくるようだった。


「クラリス様もいますよね?入ってください!」


 気配を察知したトーマに呼ばれ、私は苦笑しながら扉を開けた。

 トーマは布団の中で体を起こし、レオは傍らの椅子に腰掛けていた。


「二人とも来てくれた!」

「具合はどうですか、トーマ」

「昨日はめちゃくちゃ痛かったけど、今日はまあまあです。でも……さっき廊下での話、聞こえちゃって」


 トーマの視線が、わずかに揺れる。


「……本当ですか?走れなくなるかもって」


 私はレオの顔を見た。彼は逃げずに、少年を真っ直ぐに見つめた。


「……まだ、経過次第だ。今は分からない」

「なら、大丈夫かもしれないですよね」

「そうだな」

「ぼく、走るの好きなんです。だから、絶対大丈夫にしたい」

「……ならしっかり治せ」

「はい!」


 トーマはレオを見て、少し悪戯っぽく笑った。


「騎士様は、走るの速いんですか?」

「任務で走ることはある。遅くはない」

「ぼくも速いんですよ、普段は。……治ったら、僕の走るところ、見ててくださいね」

「……ああ。見る」

「本当!?約束ですよ!」


 トーマの顔に、今日一番の笑顔が咲いた。

 レオは何も言わず、ただその笑顔をじっと見つめていた。椅子から立ち上がる気配はない。彼は、まだここにいたがっている。


「今日は、帰らないでください。……もう少しだけ、二人とも、いてください」


 夜の静寂の中、私たちは三人でしばらくの時間を共有した。

 トーマが今日あった些細なことを話し、やりたいことを語り、レオが短く応じる。私がそこに言葉を添える。

 蝋燭が一本、短く燃え尽きる頃、ようやくトーマの瞼が重そうに閉じ始めた。


「おやすみなさい、クラリス様。騎士様……」

「おやすみなさい。よく眠るのですよ」

「……おやすみ」


 トーマの寝息が規則正しくなり、私たちは音を立てずに部屋を出た。

 廊下に出ると、レオが不意に口を開いた。


「報告書の件だが……カルから続報があった」

「エリシア様から、ですか?」

「ああ。修正は極めて難しいと。一度受理された書類を覆すには時間がかかり、特例申請も通る保証はないらしい」

「……特例を、申請されるのですか?」

「する。結果が出なくとも、抵抗した記録を残す。それがいつか意味を持つ」


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