76.「唯一のこと」
レオの声は低く、押し殺した激情に震えていた。
「正しい選択をして、目の前の誰かを守れなかった。……俺の判断が、この状況を作ったんだ」
「それを言うなら、後回しの判断をした私の連鎖だわ。……あなただけの責任じゃない」
二人を繋ぐのは、冷たく長い夜の風だけ。
「お前はトーマの傍にいてやれ。現場は俺が引き受ける。それが、今俺にできる唯一のことだ」
暗闇の中で見るレオの横顔は、峻厳な崖のように切り立っていた。
「わかったわ」
それだけを残し、レオは闇の中へ消えていった。遠ざかる足音を聴きながら、私は再び家の中へと戻る。
天井を見つめるトーマ。
遠くから響く、レオの怜悧な、けれど悲しみを湛えた指示の声。
私は、今夜はこの子の傍にいよう。
揺れる蝋燭の炎を見つめながら、静かに、その時を待つことにした。
☆
カルが夜の闇を抜けてトーマの母親を呼びに行き、彼女は夜中に到着した。
「トーマ……っ!」
扉が開いた瞬間の悲鳴のような声が、廊下にまで響き渡る。
部屋の外で、私は扉から少し離れた場所に立ち、母が駆け寄って息子の傍らに座り込む様子を、ただ静かに見守ることしかできなかった。
しばらくして、部屋から母親が出てきた。
「クラリス様……」
「……申し訳ありませんでした。管理責任は私にあります」
「いいえ、滅相もございません。あの子が、自分で決めて飛び出したことですから」
「それでも、対応が遅れたことが遠因なのは間違いありません」
母親は一度言葉を切り、沈黙の後に私を真っ直ぐに見つめた。
「あの子から聞きました。止めようとしてくれたと」
「止められませんでした。私の力不足です」
「でも、あの子の隣にいてくださった」
私を見つめる母親の目は、赤く腫れていた。
「騎士様も……ずっと外にいらしたそうですね」
「ずっと現場の事後処理と見回りをされていました」
「……謝りたいと言ったら、お会いできるでしょうか」
「今はまだ、状況の確認に追われていると思います。落ち着いたら、私からお伝えしておきますが……」
「いいえ」
母親は、静かに首を振った。
「謝らなければならないのは、こちらです。うちの子が、ご迷惑をおかけしたのですから」
「迷惑だなんて、そんなことは」
「でも、止めてくださったのに行ってしまった……」
「トーマが自分の意志で決めたことです。私は、彼に救われたと思っています。迷惑だなんて、一度も思いませんでした」
母親はもう一度私を見て、深々と頭を下げた。
「……ありがとうございます」
「こちらこそ」




