75.「間違いなく本物」
カルが呼びに行った医者が到着し、トーマを診察する。
私は彼の枕元に座り、その手を握りしめた。
「かなり、痛むのね?」
「……うん。わき腹が、すごく」
「今夜は絶対安静よ。お父さんとお母さんにも知らせるわね」
「……それは、ちょっと待って。母さん、心配するから」
「心配させるべき事態なのよ、これは」
トーマは天井を仰ぎ、ぽつりと尋ねた。
「騎士さまは?」
「外で状況を確認しているわ」
「……怒ってるかな」
「怒っているというよりは、……後悔しているのかもしれないわね」
「なんで?ぼくが決めたことなのに」
「防げたはずだ、と自分を責めているのかもしれない」
「大人は……難しいね」
「そうね。難しいわ」
外から、レオが部下に指示を飛ばす声が聞こえてくる。いつも通りの、感情を排した平坦な声だけど私にはわかる。
あの声の裏側に、さっきの『すまない』が張り付いていることが。
「クラリス様」
「なあに?」
「今日、ぼくは……正しいことをしたかな」
「正しいかどうか、今は私にもわからないわ。でも、あなたが家族を想い、見てるだけは嫌だと行動したその気持ちは、間違いなく本物よ」
「本物でも、正しくないことがあるの?」
「……あるわ。あなたが怪我をしたことは、決して『正しい』結果じゃない。でも、あなたがそういう優しさを持った人間であることは、とても尊いことだと思うわ」
トーマは少し間を置いて、
「……よくわかんないけど、いい言葉だね」
とはにかんだ。
☆
診察を終えた医者の表情は、晴れなかった。
「わき腹の打撲と、足の捻挫です。……ただ、経過を見る必要があります」
「良くないんですか?」
私の問いに、医者は言葉を濁した。
「……経過を見てからの判断になります」
その曖昧な返答に、心臓が冷たく収縮する。
完全に回復しない可能性でもあるのか。医者は明言しなかったが、言葉の端々にその懸念が漂っていた。
(私が……後回しにした区域。私の判断が、この子をここにいさせた……)
すべてが私のせいではないとしても、無関係だと言い切ることはできなかった。
「クラリス様、顔色が悪いよ」
「……少し、疲れちゃったみたい」
「無理しちゃダメだよ。……ぼくは無理したから、わかるんだ」
子供に慰められ、私は小さく息を吐いた。外に出ると、夜の冷気が容赦なく肌を刺す。
レオが一人、家の外に立っていた。
「……経過を見る必要があるそう。完全に回復するかは、まだわからない」
レオが、僅かに肩を揺らした。
「……俺のせいだ。止めようとしたのに、間に合わなかった」
「あなただけのせいじゃないわ。私も今朝、止めようと思えば止められた」
「俺は全体を守るために個別の対応を捨てた。合理的だったはずの判断が、トーマを救わなかった」




